世界初導入!
シンガポールを舞台に未来の道を創る「次世代ERP」
交通渋滞を解決するために生まれた「ITS」&「ERP」とは?
いまや日常生活の移動手段として、欠かすことができない自動車。
経済発展が進むにつれて自動車も急増し、世界中の都市部を中心に人の往来や物流を停滞させる「交通渋滞」が、交通事故の原因となったり物流の遅延による経済損失を発生させるなど、大きな社会問題となっている。
「どうすれば渋滞を緩和したり、なくすことができるのか?」
この難題に対する解決策として、50年以上前から様々な取り組みが行われてきた。
その後、ITの発展に伴い登場したのが「ITS」や「ERP」だ。
- 次世代ERPシステムの構成図
- ITを活用して人・道路・自動車の間で情報交換を行い、事故や渋滞、環境対策などの課題を解決するためのシステム。
- ERP(電子道路課金制度)
- ITSの1つとして有料道路の通行料金を自動で徴収するシステム。日本では「ETC」の名前で広く普及している。
三菱重工機械システム(MHI-MS)は、1998年シンガポールを舞台に「世界初のERP」を納入した。これにより現在のシンガポールでは都心部を中心とする高速道路・トンネルなど164キロメートル以上に「ITSの道路設備」が整備されている。
ここがハイライト!
「国土の狭さ」による渋滞緩和対策が、世界初のERP導入へ!
今回の主要テーマとなる「次世代ERP」をご紹介する前に、「シンガポールになぜ世界最先端の道路交通システムがあるのか?」というに点について、振り返ってみよう。
ERPの原点は1975年、渋滞の緩和を目的にシンガポールに始めて導入された、ステッカー方式の「ロードプライシングシステム」だ。
当時はロンドンや東京などの大都市と比べれば、それほど渋滞が激しいわけではなかったが、この先経済の発展に伴っていたるところで自動車が活躍するようになれば、深刻な渋滞問題を抱えることは必至だった。
つまり国土の狭いシンガポール(国土の12パーセントを道路が占める)においては、道路の拡張が困難なため、渋滞対策には限界があったのだ。
シンガポールの渋滞課金の歴史
当初は都心に制限区域を設け、ステッカー方式の通⾏証を車両のフロントガラスにはりつけ、料金所の監視員が⽬視でチェックするマニュアル方式の道路課金からスタートした。(注)
政府の後押しによって、世界に先駆けてロードプライシング制度を導入したシンガポールは、国自体に先見性があったといえるだろう。
しかしその後、交通量の増加と共にステッカーを販売する場所の渋滞が新たな社会問題となった。
これを踏まえて本格的なERP(電子式道路課金システム)の導入が「国家プロジェクト」としてスタートし、MHI-MSをはじめとする3社が参入した。そして1998年に世界初となるDSRC方式のERPが運用開始され、20年にわたってシンガポールの道路交通インフラの構築や運用を担ってきた。
2014年3月、シンガポール政府は、これをさらに発展させた測位衛星を利⽤した自律方式の電⼦式道路課⾦システム」の導入を発表。
車両位置の特定や課金処理に必要な時刻の情報など、衛星測位がカギとなるこのシステムにおいて、MHI-MSは2016年の受注を機に、世界初となる都市部への「次世代ERP導入」の実現に向けて取り組んでいる。
- マニュアル式ロードプライシングシステム:渋滞解消を目的に、市内中心部への流入車両に対して課金するシステム。1975年に運用を開始した。
「ガントリー(料金所の門)」から「仮想ガントリー」へ ERPと次世代ERPの違い
従来の「ERP」に比べて、「次世代ERP」は何が進化しているのか?
まず大きな違いとして挙げられるのは、「ガントリー」だ。
これまでのERPは日本の「ETC」のように、道路に「ガントリー=料金所の門」を設置し、そこを通過する車1台1台の車載器機から情報を読み取り、料金を収受していた。
一方、次世代ERPはそうした物理的なガントリーに頼らず、GNSS(注)の位置情報と広域通信網を用いてデジタル地図上の道路に、「仮想ガントリー」として課金ポイントを設定して課金する方式に置き換えるのだ。
その結果、走行する車が仮想ガントリーを通過すると、車載器が自動的に課金を行うためこれまでのような道路上のガントリーが不要となり、建設地の取得や建設費用の大幅な削減が見込めるのだ。
- 人工衛星(測位衛星4基)と地上の制御局を利用して、自分の位置を測定する全世界測位システム。
ICTの活用で、課金システムにとどまらないデジタルイノベーションを生み出す
加えて、従来のERPに比べはるかに高性能な通信環境を実現できることによって、以下のようなメリットが生まれる。
メリット1:柔軟な交通管制
1台1台の走行情報(位置・走行距離・車種等)をリアルタイムで正確に計測できるため、さまざまな課金ポイントの変更や走行距離単位での課金など、きめ細かい課金が出来るようになり、更に交通流の状況を把握することにより交通のボトルネックの分析や事故分析が可能となり、交通計画に役立てることも出来るようになる。
たとえばあるエリアで渋滞が発生した場合、渋滞を回避する迂回ルートをいち早くドライバーに伝えると共に、迂回ルートの料金を一時的に下げて課金・収受することで、渋滞の緩和や交通の最適化が見込めるようになる。
メリット2:多様な情報サービス
人やクルマの動き、気象情報などあらゆるデータを収集し、ドライバーにとって有益な情報をリアルタイムに提供できるため、多様な情報サービスや災害防止対策、スマートコミュニティ分野への展開が可能となる。
もし車が事故を起こしてドライバーが意識不明の状態になっても、自動的に事故やドライバーの生命に関する情報がコールセンターに送信されて、迅速な救急対応が可能になる。
このように次世代ERP導入によって、交通インフラのみならず、人々の暮らしにおいてさまざまなメリットが広くもたらされることが期待できる。
最先端の通信技術を駆使して、次世代ERPの実現を目指す!
世界に先駆けて車社会の革新的ソリューションを目指す次世代ERPには、乗り越えるべき課題も多い。
特に技術的ハードルが高いのは、「どんな場所でも正確に位置を計測する」こと。
たとえば「グーグルマップ」で行きたい場所を設定して、案内に沿って移動したとしよう。しかし実際には目的地付近で位置がずれて、困惑した経験がある方も多いはずだ。
通信環境の悪さを克服し、正しい料金を課金
シンガポールの都心部は高層ビルが密集しているうえに、ビルの谷間、トンネル、高架橋の下など、通信環境が不安定になる要素が多い。
衛星測位システムのGPSだけでは誤差が発生し、正確な位置測定が難しいのだ。
仮にそうした場所で正確な情報が伝わらずに「間違った料金」を課金してしまったら、大問題となり社会インフラとして成り立たない。
そこでMHI-MSはGPSによる位置測位技術と合わせて、次世代車載無線通信やセルラーネットなどの複数の通信技術を併用して、車両位置の特定精度を向上。
また衛星信号が弱い場所では車両の動きを推定し、GPSの測位結果と統合して車両位置を特定する自律航法技術を用いて、その課題を乗り越えようとしている。
いよいよ次世代ERPが本格稼働!
そしてもうひとつ大きなハードルが「セキュリティ」。
先ほどご紹介したように、次世代ERPは「重要な交通インフラ」を支える大量かつ幅広い情報を通信するため、仮に「ハッカー」のような人物や集団がサイバー攻撃を仕掛けてきても、「国家のセキュリティ」を確実に守らなければならない。
また「走った距離をごまかす」等の不正も技術次第では出来てしまうため、現在も高度セキュリティ対策の研究開発や、不正防止路側システムなど、さまざまなシステムや構成機器の実証実験に取り組んでいる。
このように20年以上にわたって培ってきた豊富なノウハウと、最新通信・セキュリティ技術を駆使して、本格導入を目指しているところだ。
次世代ERPシステムの構成図
「完全公平な料金収受」をシンガポール、そして世界へ
次世代ERPの導入により、道路を利用するすべてのドライバーから公平に料金を収受する仕組みが整備される。つまり、走った距離に応じて適切な料金を回収し、道路インフラの維持管理に当てる「受益者負担の原則」が適うのだ。
将来シンガポールは、全島を対象とする「エリアプライシング=全島課金」」も可能となる。
国内でも進行中!都市部の渋滞課金対策
トラックの過積載問題を解決する「軸重計測装置」とは?
写真中央の検出部(センサ部)で車両の重さを計測する。
日本国内においても国際的な観光都市であり、深刻な渋滞問題を抱えている鎌倉市や京都などでは自動車で訪れる観光者による交通渋滞への対策を長年取り組んできており、道路課金の導入も検討されている。
また、大型トラックの過積載は交通事故の原因となるだけでなく、車両の加重による道路への損傷も大きく、維持管理費の増大といった新たな社会問題を生み出している。
このため走行する車の重量を瞬時にセンサーで測る「軸重計測装置」を開発し、過積載車両を監視するなど、安全・安心な社会に向けた取組みも進めている。