マグニチュード7の地震を完全再現!住宅やビルを丸ごと揺らす「高度な油圧・制御技術」。
誕生のきっかけは、未曾有の被害をもたらした阪神・淡路大震災
世界有数の地震大国、日本。我が国では大切な人命を守るため、大地震のたびに建物の耐震基準が見直されてきた。特に1995年に発生した阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)を機に、防災に対する人々の意識が社会全体で大きく変わった。
関西地区を襲ったマグニチュード7.3の揺れは、ビル、マンション、住宅、橋脚など、街のいたるところに甚大な被害をもたらした。
世界最大級!実物を揺らして壊す試験装置
この教訓を活かしてこれまでの建物の耐震性と評価方法を見直すと共に、地震から人命を守る建物の設計を目指す国家プロジェクトがスタートした。
これには、地震の際に実物大の橋桁やビルが「どう壊れるか」、「どこまで壊れるか」、「なぜ壊れるか」を解明する実験施設が必要となった。
そこでこの研究のために建設された実験施設が、三菱重工機械システム(MHI-MS)が開発・製造した、実大三次元震動破壊実験施設「E-ディフェンス」だ。
計画開始から完成まで実に10年の歳月をかけ、2005年から兵庫県三木市で稼働を開始した。
「実大・三次元・破壊」というコンセプト
E-ディフェンスに実物大の建物を載せて行われた実験映像。
E-ディフェンスの最大の特徴は、震動台に実物大の構造物を載せた状態で阪神淡路大震災クラスの揺れを与えて、その揺れや壊れていく過程を詳細に検証できること。
震動台のサイズは20メートル×15メートル、最大搭載重量1,200トンと世界最大規模を誇る。
これまでに国や外部の研究機関、企業が加振実験を行い、破壊メカニズムの解明や耐震補強の検証を行っている。
そこから得られた様々な知見が、建物の耐震技術や居室内の安全対策、耐震性能評価のためのモニタリング技術など、多くの地震対策に貢献しその研究成果は世界中で注目されている。
そして現在も新たな研究テーマにこたえるべく、新機能の導入に向けて進化を続けているのだ。
最大1,200トン、6階建てビル相当の建物であらゆる地震を再現
電動では不可能!?大きな力を瞬時かつ正確に発揮する油圧パワー
2003年に入社したA.Sは、新人時代にE-ディフェンスの最終試験に立ち会ったという。
「E-ディフェンスは、大きさもパワーもまさに“最大級”の装置。世の中にこんな機械があるのかと、ただただ驚いたのをよく覚えています。」
電気制御設計を担当する彼女が驚嘆したのも無理はない。以前から地震の揺れを再現する試験装置はあったが、実物大の建物を載せるような超大型装置は前例がなかった。
このハードルを越えるために、当時の開発担当者たちはさまざまな構造を検討し、動力の伝達システムに「油圧(注)」を採用した。
- 「油圧」とは、油の圧力で力やエネルギーを伝えるしくみ。圧力は、ポンプの小さなピストンを小さな力で押してつくり、この圧力で加振機の大きなピストンで大きな力に変えることができる。プレス機械やクレーン車など様々な装置や機械で利用されている。
油圧のしくみ
油圧が大きな力を作れるといっても、実大規模の建物(戸建2棟分、中層建物もそのまま)を揺らせるようなものは、この世の中には無かった。
油圧や機械の設計者は「加振機はもちろん、バルブや配管は今までのサイズでは足りず、桁外れに大きなものを設計・製作する必要があったと聞いています。
また、油圧は電動に比べると動作が遅く、速い動作が不得意です。そこで地震動を正確に再現させる、緻密な制御技術も求められました。」と話す。
油圧の利点を生かし弱点を補う油圧システム、誕生へ
E-ディフェンスは、マグニチュード7クラスの地震で、実物大の背の高い建物の揺れを正確に再現することが求められた。大地に相当するテーブルを「前後・左右・上下」に揺らすだけでなく、テーブルを転倒させないことが必要となる。
テーブルを加振するのに必要な力
加振機は建物とテーブルの質量を「前後・左右・上下」に揺らす力が必要となる。
また、垂直加振機は建物とテーブルの重さを支える他に、テーブルが転倒しないように支える必要がある。回転しないように支える力FV2は「力(FH)×高さ」で変わり、背の高い建物を加振する程、大きな垂直加振機力が必要になる。
そこでまず油圧でテーブルを動かす「加振機」は、三次元6自由度の運動に対し合計24本という『超』を付けても良い程の冗長駆動とした。 そして24本の加振機ストロークからテーブルの三次元の姿勢(位置と角度)を計算し、24本の加振機にテーブルからの負荷を無駄なく分担させる協調制御を実現したのだ。
青い円柱がE-ディフェンスの加振機。前後5本、左右5本、上下14本の加振機で3次元的な揺れを再現する。
また、ゆっくりとした揺れを再現するだけならいいが、“地震”と一口に言ってもその揺れ方にはさまざまなパターンがある。実際、阪神淡路大震災は突然下から「ドン」と縦に突き上げるような強烈な揺れが襲う、「直下型地震」だった。この再現には、油圧システムの鈍い応答を補う必要がある。
油圧システムの鈍い応答を補う仕組みを、A.Sは「応答が遅くても、再現性があれば問題ありません。遅れを予見して先に加振する信号を出してやれば良いのです。」 と説明する。
地震動は、沢山の周期をもった速い波やゆっくりとした波の重ね合わせであり、各周期で油圧システムの遅れや振幅は違う。単純に一定時間先に加振信号を出すのではなく、油圧システムの各周期での遅れと振幅特性を十分把握して、希望の応答となる加振信号を作っている。
また、再現性は加振機に使う『超大型部品』の精密な加工技術と、静圧軸受など特殊な機構で初めて実現された。こうして“大きな力を瞬時にしかも、正確に発揮できる油圧システム”を作り上げた。
3.11の震災で観測された「大規模で長い震動」にも対応
震災が起こるたびに、再現すべき地震の種類も増加
順調に稼働を始めたE-ディフェンスだったが、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生した2011年に、さらなる進化が求められた。
大型構造物に共振現象をもたらす、「長周期地震動」が問題となった。
地震の「周期」とは、揺れが1往復する時間のこと。0.05秒程度の細かい揺れもあれば、約2~5秒の長い揺れもあり、後者のパターンを「長周期地震動」と呼ぶ。
長周期地震動は高層ビルに大きな影響を与えやすく、都心のオフィスビルではサーバの転倒やエレベータの緊急停止などが相次いだのだ。
E-ディフェンスで長く揺らそうとすると、その間ずっと大量の油を加振機に注入し続けなければならない。このため油圧供給システムの更なる大型化が検討されたが、コストや敷地面積の都合から難しいと判断された。全部の加振機の力は必要ないので、一部の加振機へのバルブを閉じて動かさなければ油を注入しなくて良いが、動かないピストンがテーブルの動きを止めてしまう。
見い出した打開策は、「加振機に油を注入する代わりに、中で循環させる」というアイデアだ。これならば、油が循環する通り道=バイパスを設けるだけで済む。
実際のところ最小限の改造工事で済み、短周期から長周期まであらゆる地震を再現できる新性能が実現した。
多方面で活躍する、オーダーメイドの試験装置
MHI-MSでは、地震現象を再現する試験装置の他にも、自動車及び部品メーカー、各種研究機関などのさまざまニーズに合わせて、自動車衝突時の現象再現や、鉄道台車・自動車の走行時の振動を再現する装置、ビルや橋梁の免震ゴムの特性試験を行う装置といった、オーダーメイドの試験装置を開発してきた。
「装置本体を回転させ試験体に遠心力をかけた状態で振動試験を行う装置」をカスタマイズした経験を持つ社員は話す。
「大きな装置全体が、高速回転する機構のため、遠心力の負荷が大きく、部品強度、装置全体の耐久性、安全性を確保するのに試行錯誤しました。
また、遠心力負荷状態でも、性能が満足できる振動装置を設計・製作するのに苦労しました。」
油圧×制御システムのチームプレーが、技術革新のカギに
油圧システムの機械設計と、それを正確にコントロールする制御システムの設計。
それぞれの技術者がチームを組んでアイデアを持ち寄り、ブラッシュアップすることで、MHI-MSは画期的な製品開発を実現してきた。
油圧システム機械設計担当者は「壁にぶつかると、制御設計のメンバーによく相談します。私たちでは気づけなくても、彼らの視点を通すと解決策が見つかることがあります。もちろんその逆のケースもしかりですが、共に協力して乗り越えていくのが、我々のスタイルなんです。」と話す。
A.Sもチームの結束はとても高いと話す。
「私たちはひとつのプロジェクトで引合いから設計・据え付け工事・アフターサービスまで、幅広く携わります。事務所の中だけでなく、現場や出張先でのお客様やビジネスパートナーを交えたディスカッションから、新しいアイディアや工夫が生まれることも多いのです。」
高い技術力を持った仲間が集まり、部門をまたいだ技術を積み重ねる。この企業文化が、“世界最大”や “国内初”といったプロジェクトを成功に導いてきたのだ。
日本発の技術で、世界の安全・安心を守るイノベーションを
E-ディフェンスのような大規模試験装置の開発は、暮らしの安心・安全にも直結する社会性の高い事業だ。
近年は日本のみならず、世界各国で大規模な震災が発生していることから、海外の研究機関がE-ディフェンスを用いた実験に参加する機会も増えている。
建物の耐震性向上に関する研究開発は、今後も重要性が増していく。
30年以内に発生する確率が70%程度とされる、南海トラフ地震や首都直下地震などの大規模地震に備え、建物の補強方法や新工法の開発・実証実験が急務となっている。
地震大国・日本の試験装置メーカーであるMHI-MSは、今後も革新的な「地震再現」の要求にこたえていかなければならない。
人々の命と財産を守り、世界の防災対策に貢献するために――。今もこれからも前例の無いミッションに、MHI-MSは果敢にチャレンジしていく。
技術者紹介
制御技術部油圧制御設計課 試験装置チーム
A.S
2003年度入社
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