特集 水素社会を考える

三菱重工グループが形作る、
水素バリューチェーン

二酸化炭素排出量実質ゼロの"カーボンニュートラル社会"を目指し、各国の行政や企業は脱炭素化へと舵を切り始めています。エネルギー源の転換は脱炭素化において重要なテーマですが、中でも水素に寄せられる期待は大きく、エネルギー業界はもちろん、自動車メーカーや総合重工業メーカーなど、業界の枠を超えて、多くの企業が水素エネルギーの研究開発、実用化にしのぎを削っています。しかし、数あるエネルギーの中で、水素が脚光を浴びているのはなぜなのでしょうか? そもそも、水素とは?
———今回の特集では、来たる水素社会に向け、初級編として、水素にまつわる基礎知識のおさらいと、三菱重工グループが進めている水素バリューチェーンの実現およびそれに関わる事業にスポットを当てます。


H-ⅡAロケット

種子島宇宙センターから打ち上げられるH-ⅡAロケット(42号機 2020年7月20日打ち上げ)。宇宙に向かって飛び立つために必要とする巨大なエネルギーは、液体水素と液体酸素の燃焼によって得られます。メインエンジンから噴き出す大量の白煙は、その燃焼に伴って発生する水蒸気。三菱重工グループでは1980年代から、その関連設備も含め、液体水素を用いたロケットの打ち上げ技術の開発、改良を続けており、グループの水素関連技術を代表する製品の一つになっています。


知ってる?
水素のあれこれ

知られているようで意外と知られていない、水素にまつわる基礎知識を紹介します。

とにかく軽い

重さは空気の約14分の1。
地球上で一番軽い物質で、人体に無害で無色透明かつ無味無臭。

MEMO
軽さを利用して、古くは気球のガスとしても使われていた。
気球

燃えやすい

燃えやすい

酸素と混合した状態で点火することにより、燃焼して水になる。他の可燃性ガスに比べて燃えやすい。燃焼速度が速い上、燃焼温度も高い。重量当たりの発熱量が大きい。

MEMO
重量当たりのエネルギー密度が極めて高い。
密閉された空間では、引火や爆発のリスクが高く、扱いが難しい。
一方で、密閉された空間でなければすぐに大気中に拡散するため、爆発のリスクは低い。
安全に運用するためのノウハウも蓄積されており、既にさまざまな産業分野で利用されている。

水素単体としては自然界にほとんどない

酸素や炭素と結びつきやすいため、自然界では化合物として存在。その反面、大気中には純粋な水素がほぼ存在しない。

MEMO
化石燃料や水の電気分解などからの生成が必要。
水素単体としては自然界にほとんどない

水として地球上に豊富にある

水として地球上に豊富にある

水(H2O)として地球上に豊富に存在する。化石燃料(炭化水素)の構成元素でもある。

MEMO
枯渇の心配がなく、多様な産業に利用可能。

意外に利用の歴史が長い

1766年に英国の化学者ヘンリー・キャベンディッシュが発見。1783年から水素気球のガスとして利用され、1839年には燃料電池の原型が開発された。1960年代以降、ロケットや宇宙船に使用されるなど、古くから利用されてきた歴史を持つ。

MEMO
現在では肥料製造や半導体加工、石油化学工業から食品分野に至るまで、幅広い分野で活用されている。
一方で、産業分野で使用される水素の原料の多くが天然ガス等の化石燃料であるのが現状。
ヘンリー・キャベンディッシュ

燃焼させてもCO2が発生しない

燃焼させてもCO2が発生しない

酸素と化学反応を起こすことで、電力や熱を発生させる。炭素を含まないので、CO2が発生しない。

MEMO
化石燃料の代わりにエンジン、ガスタービン、ボイラー、燃料電池などで利用することで、CO2を発生させることなく電力や動力、熱などが得られる!

このように、人類と水素の関係は、約260年にわたり、発見間もない頃から現在まで、私たちの生活を支えてきました。一方、酸素や窒素などと異なり、安全面でのリスクも指摘され、一般には、あまり馴染みのない物質であったといえます。しかし近年、水素はSDGsの観点からも、世界の全ての人々への安定したエネルギーの供給、地球環境の保護、気候変動への対策といった人類共通の課題への有効な解決手段としての期待が非常に高まっています。水素は化石燃料と違い、自然界からの採掘で賄うことはできず、人工的なプロセスによる製造から使用に至るまでのバリューチェーンの構築が必要です。次ページでは、その当社グループによる取り組みについて、ご紹介します。


水素バリューチェーンの確立を目指して

三菱重工グループは、カーボンニュートラル社会の実現に向け、既存のエネルギー・インフラ技術と 水素関連技術のさらなる進化を通じ、水素の製造から利用までのバリューチェーン構築に取り組んでいます。
これを世界的に進めていくためには、水素の製造に必要な再生可能エネルギーなどの整備状況から 利用に至るまでの、社会的なインフラ整備などの条件も考慮しながら、それぞれの地域に合わせた開発が必要です。
また、将来は、水素バリューチェーンをさらに発展させ、水素という資源を軸に、さまざまな産業が 世界的につながり、持続可能な社会を形作るための「水素エコシステム」の確立を目指しています。

作る

水素製造装置
水素製造装置
水電解装置
水電解装置

水素の製造方法として、化石燃料の改質(排出されるCO2は大気放出(グレー水素)、もしくは大気放出前に回収(ブルー水素))、CO2を排出しない再生可能エネルギーを用いた水の電気分解(グリーン水素)などがありますが、現状、グレー水素がほとんどです。カーボンニュートラル社会の実現に向け、三菱重工グループでは、再生可能エネルギーの確保が難しい地域では、中期的にはブルー水素、長期的にはグリーン水素が主流になると予測しています。その他の方法としては、メタンなどからCO2を発生させずに水素を取り出す方法(ターコイズ水素)、原子力の熱または電力を利用する方法(ピンク水素)があり、多角的な視野で開発を進めていく必要があります。

貯める・運ぶ

水素圧縮コンプレッサ
水素圧縮コンプレッサ
燃料・CO2輸送船(兼用船)
燃料・CO2輸送船(兼用船)

水素の製造・貯留・輸送・利用におけるサプライチェーンの各過程において、水素を昇圧する工程は欠かせません。その重要な役割を担うのが、コンプレッサです。三菱重工コンプレッサは、水素が大半を占める炭化水素を扱うコンプレッサの製造実績を数多く保有しています。現在、「水素100%」コンプレッサの2023年の市場投入を目指し、これまで培ってきた技術力・製品力を費やして製品開発を進めています。

また、輸送においては、短距離であればパイプラインに、長距離であれば輸送船にコストメリットが出てきます。輸送船で水素を運ぶ方法には、純水素のまま液化する方法、有機化合物に吸着させて輸送する方法に加え、アンモニアやLNG(注1)、LPG(注2)等の水素化合物の形で運び、需要地で水素を分離する方法がありますが、水素のままでは取り扱いが難しいという課題があります。そこで、水素化合物として輸送して、需要地で水素を分離する方法が経済面でも安全面でも優位な輸送手段となり得ると三菱重工グループは考えています。三菱造船は多数の水素化合物輸送船の設計・建造実績を持ち、輸送船技術においてアドバンテージを有しています。

  • 1LNG:液化天然ガス(LNG:Liquefied Natural Gas)。メタンとエタンを液化したもの。
  • 2LPG:液化石油ガス(LPG:Liquefied Petroleum Gas)。プロパンとブタンを液化したもの。主成分が資源として自然界に存在するLNG、LPGは、アンモニアより安価に入手できるという特徴があります。その一方、LNG、LPGには炭素が含まれるため、効率的な炭素処理が求められます。

使う

水素ガスタービン
水素ガスタービン
燃料電池 フォークリフト
燃料電池
フォークリフト
水素ガスエンジン
水素ガスエンジン
水素還元製鉄
水素還元製鉄

水素は、化石燃料の代わりにCO2を排出しない燃料として利用できます。三菱重工グループでは、水素ガスタービン、水素ガスエンジン、燃料電池フォークリフトなどの開発を進めています。また、燃料以外の利用方法として、製鉄プロセスで水素を使って酸化鉄から酸素を取り除く、水素還元製鉄などにも取り組み、技術を通じて、脱炭素視点での産業のあり方の見直しと変革を図っていきます。


水素事業の影の立役者たち

三菱重工グループで意欲的に進められる水素関連事業。成長推進室エナジートランジションタスクフォースとして連携しながら最前線で業務にあたる皆さんに、お話を伺いました。

作る

新エナジー
グループ内外と連携しバリューチェーンの構築へ

小泉 智美さん

エナジードメイン
新エナジー事業部
新エナジー部
クリーンフューエルグループ

小泉 智美さん

新エナジー部は、水素の製造に必要な一次エネルギーの供給から水素の輸送・貯蔵や利用まで含めたバリューチェーンの構築を目指しています。現在は既設LNGインフラを活かしたブルー水素製造・供給事業をパートナーと共に検討中で、また、当社が資本参画するHydrogen Pro社の水電解装置を活用したグリーン水素製造・供給事業を日米欧で検討しています。加えて、革新的な熱分解・触媒によるターコイズ水素製造技術を有するベンチャー企業への出資も進めています。

自社グループの独自の技術開発に加え、革新的技術を有する他社とのパートナーリングも積極的に進め、水素バリューチェーンの強化・多様化につなげていきます。

ブルー水素バリューチェーン(イメージ)

貯める・運ぶ

燃料・CO2輸送船(兼用船)
効率的かつサステナブルな2050年の海の将来図を目指して

田中 大士さん

三菱造船株式会社
事業戦略推進室

田中 大士さん

私たちは、水素化合物であるアンモニア、LNG、LPGを需要地に届けた後、通常は空荷で帰っていた輸送船を液化CO2輸送に利用することで輸送の効率化を図るとともに脱炭素に向けた新たなビジネスモデルを検討しています。

三菱造船では、2050年の海の将来図(ビジョン)からバックキャスティングして、開発すべき成長技術をロードマップした“海洋Future Stream”を成長戦略としています。炭素循環などによる「海の脱炭素社会」と、運航支援システムの普及などによる「海洋空間有効活用社会」を目指して、成長技術をベースとする海洋エンジニアリングを展開しており、水素バリューチェーンに関連する取り組みはその中の大きな柱の一つです。成熟技術の造船事業が生み出すキャッシュフローによって成長技術を開発していく両利きの経営を実践しながら、バリューチェーン全体の中で新たなビジネスモデルを展開していける三菱重工グループの強みを生かし、グループ各社と協力してビジョンの実現に取り組んでいきます。

燃料・CO2輸送船(兼用船)

貯める・運ぶ

水素圧縮コンプレッサ
他社に先駆けて水素100%コンプレッサの開発を

佐々木 拓也さん

三菱重工コンプレッサ株式会社
経営統括センター企画グループ

佐々木 拓也さん

三菱重工コンプレッサが得意とするエチレン・PDH(注1)等の化学分野や、低環境負荷エネルギー源であるLNG等のオイル&ガス分野、そして将来の脱炭素化社会の実現に向けて注目されているCCUS(注2)・アンモニア・水素等を対象分野として、今後の事業計画・戦略立案に資する市場情報の収集・分析を行っています。また、これらの分野における当社のプレゼンス向上に向け、HP製作や、海外グループ会社と連携し、SNS・業界紙を活用したPR等の広報活動も行っています。

競合他社に先駆けて水素100%を扱うコンプレッサを市場投入し、持続可能な社会の実現に貢献することが私たちのミッションですが、顧客ニーズに応えるためには水素コンプレッサ単体のみでは対応できません。より魅力的な製品開発のためにも、三菱重工グループ各社と連携を強化していきますので、よろしくお願いします。

  • 1PDH:「Propane dehydrogenation(プロパン脱水素法)」の略。天然ガス(プロパン)から水素を抜いて、プロピレンを生産する方法。
  • 2CCUS:「Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage」の略。分離したCO2を貯蔵利用すること。
水素圧縮コンプレッサ
水素圧縮コンプレッサ

使う

水素還元製鉄
世界初の技術で地球にやさしい製鉄プロセスを確立

Daniel Spreitzerさん

Primetals Technologies Austria GmbH
Technology & Innovation Direct Reduction
Ironmaking, Steelmaking and Eco Solutions

Daniel Spreitzerさん

水素還元製鉄は、水素を利用して鉄鉱石から酸素を取り除いた鉄を生産する世界初の製鉄方法です。開発チームでは、鉄鉱石から酸素を取り除く技術に関するノウハウと、溶けた鉄を塊にする技術、エンジニアリング、電気・オートメーションの各メンバーの専門知識を集結して、CO2排出量がほぼゼロで、操業費用などが低コストな水素を利用した製鉄プロセスの開発に成功しました。今年春にはパイロットプラントでの初回テストに成功し、現在は次のステップである規模を大きくした実験プラントをつくるために必要なデータを収集しています。当社の開発したHYFOR(Hydrogen-based fine-ore reduction)は、環境にやさしいグリーンスチールに対するお客様のご要望に応え、MHIのエナジートランジションを進めるキーテクノロジーになると確信しています。

水素還元製鉄

グループ一丸となって水素バリューチェーンの確立へ

斎藤 悟郎

成長推進室 事業開発部
エナジートランジショングループ グループ長

斎藤 悟郎

私たちは現在、人類が過去200年で築き上げた化石燃料中心のエネルギー・社会システムからの大変革を目の前にしています。各国は今後30年でカーボンニュートラルを実現するという野心的な目標を掲げていますが、それらを達成するための具体的なロードマップは描けていないのが実情です。その中で、水素の製造、輸送・貯蔵、利用など、バリューチェーン全域でさまざまな製品・ソリューションを提供でき、チェーンの構築そのものに貢献できる三菱重工グループは、カーボンニュートラルの実現を牽引できる立場にあります。もちろん、高性能な製品を提供するだけでは不十分ですし、1企業だけで解決できる問題でもありません。新たに生まれつつある水素やCCUS関連市場を、三菱重工グループの中長期的な成長へつなげていくために、顧客・パートナーを巻き込みながら市場創出を積極的にリードしていくことが必要です。

成長推進室では、水素・CCUSチェーンに関連する各事業部からの兼務者で構成される"エナジートランジションタスクフォース"というバーチャル組織で事業開発を進めています。エナジートランジション・脱炭素というキーワードは、タスクフォースのメンバーだけでなく、三菱重工グループの多くの皆さんに関わりがあると思います。ぜひ一丸となって、この200年に一度の大変革をリードしていきましょう。

水素を利用したガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)発電プロジェクト

クリーンエネルギーの貯蔵と水素による発電を一気通貫で実現

三菱パワー株式会社は、米国ユタ州で、先進的クリーンエネルギー貯蔵事業プロジェクトと水素を利用したガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)発電プロジェクトを推進しています。

前者は太陽光や風力による発電で水の電気分解を行い、製造されたグリーン水素を岩塩空洞に貯蔵するというもので、2019年5⽉に発⾜。150GWhのエネルギーを貯蔵し、発電所等の需要先へ供給することを想定しています。

後者はユタ州の協同組合であるインターマウンテン電力(IPA:Intermountain Power Agency)が計画するプロジェクトを受注したもので、2025年に水素混焼率30%(注)で運転を開始し、2045年までに水素100%での運転を目指しています。

  • 水素混焼率30%(体積比)GTCCへの更新により、最大で年間約460万トンのCO2排出量削減(東京都の約2.4倍の面積の森林が吸収するCO2の量に相当)に寄与できる見込みです
水素発電・ 貯蔵プラントのイメージ
水素発電・貯蔵プラントのイメージ
インターマウンテン発電所