#005 椚 露輝『ワクワクさせる。』
知られざる実力者である。もっとも、ダイナボアーズのファンやトップイーストのチーム関係者にとっては、圧巻の決定力を誇るフィニッシャーとしておなじみの存在かもしれない。
爆発的な加速力と、ステップを切っても軸がブレないバランスのよさが持ち味。相手防御のわずかなギャップを縫うように切り裂いてインゴールへ駆け抜ける走りっぷりは、トライゲッターとして天性の才能を感じさせる。170cm、80kgと体格的には小柄だが、ディフェンスもめっぽう強い。
以下、佐藤喬輔監督のコメント。
「全国的には知られていませんが、WTBの椚露輝、いい選手ですよ。ジョージ(コニア/HC)も『トップコンディションならNPC(ニュージーランド地区代表選手権)でも間違いなく通用する』と言うくらいですから」
現在のプレーぶりを見れば意外にも感じるが、中学時代までこれといったスポーツ経験はない。体育の授業などを通じて身体能力の高さを知っていた先生の勧めで2度の花園優勝を誇る地元の古豪、相模台工業に進学したものの、桐蔭学園の台頭で全国大会には一度も縁がなかった。山梨学院大学在学中の4年間もあと一歩で関東大学リーグ戦1部への昇格はかなわず、三菱重工相模原への入社は唯一ダイナボアーズがトップリーグで戦った2007年度の翌シーズンから。そうしたキャリアもあって、知名度は限られた範囲にとどまっていた。
ただし実力は折り紙つきだ。入社初年度の2008年シーズンからレギュラーに定着すると、BKの切り札として毎年トライを量産。左右どちらのWTBでもカバーでき、チャンスメークからフィニッシュまでこなせる万能性も手伝って、ダイナボアーズの欠かせない選手のひとりとしてたしかな足跡を残してきた。ちなみに昨シーズンのトップイーストでは、9戦中8試合に先発出場して8トライを挙げている。
本人はプレーヤーとしての自身の役割を、「ポジション柄、トライをとってなんぼだとは思っています。トライを取り切るところにはこだわりたいし、1対1やスピードで振り切る場面は強気にいきたい」と言い切る。キャリアについての意識をたずねると、こんな答えが返ってきた。
「社会人でやっていると、周りは何々代表とか肩書きのある選手ばかりですが、自分が負けているという気はしないし、負けたくないという思いはすごく強いです。特に相手が有名選手になればなるほど、“やってやろう感”はありますね」
持って生まれた強気の性格と、積み重ねてきた経験が語らせる静かな自信。ここにも、フィニッシャーとしての資質は表れている。
今シーズンは新たにポジションリーダーとしての役割も担う。他の選手を牽引する立場を任されるのは、キャプテンを務めた高校時代以来。「まさか自分がなるとは」と苦笑しながらも、発する言葉の端々には責任感がにじむ。
「WTBでは自分が最年長ですし、バックスリーは特に若い選手が多いので。自分の経験してきたことを若手に伝えられれば、と思っています」
自身は昨シーズンの終盤に負ったケガの影響で出遅れたものの、チームはここまでトップイーストで全勝と、順調に歩みを進めている。佐藤監督-コニアHC体制となって2年目を迎え、チームカルチャーや戦い方のスタイルもすっかり浸透。悲願のトップリーグ昇格へ向け、例年以上の手応えを感じながら、充実した日々を過ごしている。
「今までと違うのは、選手とスタッフの距離感が近くなって、よりコミュニケーションがとれるようになったことです。ポジションごとにリーダーがいることで、スタッフ陣の考えが選手に伝わりやすくなったし、チームとしてまとまってきていると感じます。スタイルに関しては、ダイナボアーズにはアタックでもディフェンスでもしっかりとしたシステムがあるので、強さのある外国人選手と日本人選手でうまく融合しながら、それを遂行して戦っていきたい」
戦力面ではトップレベルでの実績を誇る大物選手が多数加入し、チームを勢いづけている。WTBにもオーストラリアのレッズでスーパーラグビー優勝経験を持つスピードランナー、ロドニー・デイヴィスが加わった。ポジション争いは一段と激化したが、椚はその状況を歓迎する。
「今までもシェーン・ウィリアムス(ウエールズ代表87キャップを誇る世界的WTB)がいましたが、今回またロケット(デイヴィスの愛称)というスーパースターが来て、すごく刺激を受けていますし、学ぶ点が多いです。ダイナボアーズの外国人選手はみんなすごく真面目で、もちろんプレーもすごいんですけど、それにおごるようなところがない。率先してクラブハウスの掃除をやったり、ラグビー以外でも見習う部分が多くあります」
移籍組や海外出身者など、ダイナボアーズには様々なバックグラウンドを持ったプレーヤーが揃う。そうした面で、地元相模原出身の社員選手である椚の存在は、チームにおいて大切な意味を持つ。
「友だちも多いですし、応援してくださる方がたくさんいらっしゃるので。やらなきゃいけないというか、責任はすごく強く感じますね。会社に高校のOBも多いので、恥ずかしいプレーはできない。がんばりがいがあります」
会社では調達部に所属。同じ部署の上司や同僚には、仕事の部分も含め様々な面でプレーヤーとしての活動を支えてもらっている。それだけに、感謝の思いを結果で示したいという気持ちは強い。
「部長はじめ、職場のみなさんがすごく応援してくださるんです。大きな力になっていますし、そういう方々のためにも、トップリーグ昇格という形で恩返しをしたい。仕事の面では迷惑をかける部分が大きいのですが、いつも快くラグビーに送り出していただいている。そこで自分たちに何ができるかと考えたら、トップリーグに上がること。自分たちは結果がすべてなので、やらなきゃいけない、という気持ちです」
いよいよトップイーストも終盤戦に突入。ここからはすべての試合が、トップリーグ昇格に直結する重要な一戦となる。今まで体感したことのない最高峰の舞台での戦いに向け、ダイナボアーズが誇るスピードスターはこう意気込みを語る。
「もちろん会社のためにというのもありますが、まず選手としてやっているからには、一番上でやりたいという気持ちがあります。やれる自信? あります。自分の走りで、ファンの方々をワクワクさせたい」
ダイナミックな走りにスタンドの沸くシーンが増えれば増えるほど、ダイナボアーズは加速する。
Published: 2016.11.15
(取材・文:直江光信)
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