#025 渡邉 夏燦『名司令塔の系譜。』
オールブラックスのレジェンド、あのアンドリュー・マーテンズやダン・カーターが若かりし頃にボールを追ったチームで、同じ10番を背負ってプレーした。これまでもっとも多くのニュージーランド代表を輩出してきたチームのひとつである名門中の名門、クライストチャーチボーイズハイスクールのファーストグレードで司令塔を務められるのは、ほんのひと握りの選手だけだ。ダイナボアーズに加入して2年目を迎えた24歳の渡邉夏燦は、そんな輝かしい系譜に名を連ねるひとりである。
小学校1年生の時に横浜ラグビースクールでラグビーを始め、中学からニュージーランド南島のクライストチャーチへ渡った。世界一の楕円球王国でプレーする日本人の若者はいまや珍しくないが、ランドセルを卒業したばかりで留学するケースはきわめて稀だ。もっとも、さぞ勇気ある決断だっただろう…と思いきや、本人は「そうでもなかったんです」と苦笑する。
「親に勧められて、『行ってみようかな』という感じで。いま振り返ればよく行ったなと思いますが、その時はそう感じなかったですね。たぶん、よくわかっていなかっただけだと思うんですけど」
慣れない英語での生活には苦労もあったはずだが、国民全員がラグビーファンとも評されるニュージーランドの暮らしは、水が合っていたのだろう。夏燦少年はすくすくと成長し、同地の俊秀たちと研鑽を重ねて、ついにはクライストチャーチボーイズの正SOの座を手にする。ちなみに当時ポジションを争っていたのは、現ハイランダーズのフレッチャー・スミス。チームメイトにはオールブラックスのCTBアントン・レイナートブラウンや、ハリケーンズのFLリード・プリンセップらがいた。
高校卒業後は帰国して同志社大に進学。1年時からメンバー入りを果たし、4年時は不動のプレーメーカーとしてチームを8年ぶりの関西大学Aリーグ優勝に導いた。合同トライアウトを経て昨季入団したダイナボアーズでは、1年目にしてコンスタントに出場機会をつかみ、トップイーストで4試合、プレーオフは全試合に出場。NTTドコモ戦と豊田自動織機との入替戦では、先発の大役も務めた。
もっとも渡邉本人の感覚では、昨シーズンのパフォーマンスは必ずしも満足できるものではなかったという。
「最初の頃は森田さん(慶良)のケガで急遽リザーブに入って、出たといっても試合が決まった後のラスト15分とかばかりで。終盤も裕司さん(大和田)が体調不良でFBをやったり、ガーディー(ハミッシュ・ガード)のケガで試合前々日にメンバー入りが決まったりといった感じだったので、自分の実力で試合に出た感じは全然ないですね。局面を見ればいいところもありましたが、たとえば豊田自動織機戦で取られたトライは、ほとんどが僕のミスが起点だった。やれていること以上に、やれていないところが多いと感じました」
レギュラー定着を期して迎えた2年目の今シーズン。春はPR佐々木駿とともにニュージーランドに留学し、クライストチャーチのリンウッドクラブで約2か月に渡ってプレーした。正SOとして多くの試合に出場し、スーパーラグビーの強豪・クルセイダーズの育成組織のトレーニングにも参加。あいにくリンウッドでは勝ち星に恵まれず苦しい戦いが続いたが、中学、高校時代を過ごした思い出の地で久しぶりにラグビーに没頭した時間は、あらためて自分の現在地を見つめ直す機会となった。
「スキルに関してはそれなりに自信があったのですが、クルセイダーズの練習に参加して、今のレベルでは全然足りないことを痛感しました。得意だと思っていたハンドリングにしても、クルセイダーズではむしろ低いくらいだった。中学や高校の時に一緒にやっていた選手がスーパーラグビーなどでバリバリやっているのを見て、自分は遅れをとってるな、とも感じました」
現在の最大の課題は、学生時代から常に指摘されてきた線の細さだ。継続してウエートトレーニングに取り組んできた結果、体重はこの1年半で3キロほど増えたが、「まだまだ人に言えるような体重じゃないです(笑)。サイズアップすればいろんな面でメリットがあるし、あと2キロは増やしたい」と本人はさらなる意欲を口にする。もうひとつ今季のテーマとして掲げるのは、プレーの安定感を高めることだ。
「やっぱりガーディーは安定感があるし、コーチが立てたゲームプランを遂行する能力に長けている。その点で僕は、プランを完璧にこなすためのスキルがまだ足りないと思います。それができるようになれば、信頼も得られると思う」
一方で、英語によるコミュニケーションを苦にしない点は、外国人選手の多いチームにおいて司令塔を務める上での大きなアドバンテージだ。戦術・戦略のシステム化が進む現代ラグビーでは、細かい部分の意思疎通が勝敗を左右する大事な要素となる。ニュージーランド留学で感じたのも、刻々と変化する状況の中ですばやく正確に情報を伝達することの重要性だった。
SOといえばこれまで多くの日本人名選手を輩出してきたポジションのひとつだが、最近ではゲームコントロール力に優れる外国人選手を配するチームが少なくない。もっとも渡邉は、「出られないのは単純に僕自身の実力の問題」とみずからに矢印を向ける。
「サントリーの小野晃征さん、ヤマハ発動機の大田尾竜彦さんなど、日本人でもSOで活躍している選手はいます。日本人選手がSOをできれば、外国人選手枠を他のポジションに使うことができる。去年は10試合くらい出させてもらえたのですが、トータルの出場時間は200分くらいしかありませんでした。メンバー起用の幅を広げるためにも、プレータイムを増やせるようにしたい」
いよいよ開幕したトップチャレンジリーグでは、9月10日の釜石シーウェイブスとの初戦で先発出場を果たし、マツダとの2戦目でも入替で後半の40分間をプレーした。いずれも14点差以内の接戦でさっそく同リーグの厳しさを痛感させられた格好だが、苦しみながらも序盤戦で白星を重ねられたことは、長いシーズンを考える上で大きな価値がある。この先の戦いに向け、渡邉は意気込みをこう語る。
「キツい試合が続くからイヤだとは思わないですね。楽しみながらといったら変ですが、レベルの高い試合をすればそのぶん強くなれる。チームにとってもプラスになる環境だと思います」
飄々としたキャラクターからは想像しがたいが、内に秘めるハートはなかなかに図太い。思えばマーテンズやカーターもそうだった。偉大なる先輩たちのように、チームを栄冠に導く存在となれるか。
Published: 2017.10.02
(取材・文:直江光信)
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