#042 グレッグ・クーパー『Do our best.』
2019年。日本でラグビーワールドカップが開催される特別な年を迎えて、はや3か月が過ぎた。この国のラグビー界にとってまさに一生に一度の特別なシーズンに、三菱重工相模原ダイナボアーズは、実に12季ぶりに国内最高峰の舞台に立つ。世界中の視線が日本に注がれる中、決勝が行われる神奈川の地でただひとつのトップリーグクラブとしてこの年を迎えられたことは、これ以上ない巡り合わせと言えるだろう。
3月18日に行われたファーストミーティングで、ダイナボアーズの2019シーズンの活動はスタートした。昨季、就任1年目にしてチームをトップリーグ昇格に導いたグレッグ・クーパーヘッドコーチ(HC)は、新たなチャレンジの始動に際し、胸をふくらませている。
「とても充実しています。去年はポジティブな結果で終わることができましたが、選手たちにはそのことは忘れ、ニュースタートという形でリセットしてもらいました。チーム作りのプロセスは、基本的に去年と変わりません。ただしトップリーグで戦っていくためには、今よりさらに大きく、強く、速くなり、スキルの面でも戦術的にも進歩しなければならない。プロセスは去年と同じですが、すべての面でより向上していく。簡単ではないけれど、間違いなくトップリーグでいい勝負をできる自信があります」
クーパーHCが指導者としてもっとも重視しているのは、ターゲットに到るまでの「過程」だ。ラグビーに近道はない。来たるべき時をベストな状態で迎えるために、綿密にプランを立て、それに沿って日々たゆまぬ努力を重ねていくことが、優れたチームになるための最善にして唯一の方法だと信じる。
「もっとも簡単で危険なのは、去年の結果で満足してしまうことです。そうならないために、選手はもちろんスタッフやマネジメントまで含めて、自分たちはもっともっと強くなるというエネルギーを出す必要がある。私自身の役割は、12か月前と何ら変わりません。私はHCとして、支援してくれる会社やチームのサポーター、プレーヤー、スタッフに対する責任がある。ファーストミーティングで、私は全員に『ベストを尽くしてください』と言いました。そう言った以上は、何より私自身がベストを尽くさなければならない。いい結果を残すために、全員がベストを尽くす。去年も今年もそこは同じです」
確固たる信念を持ち、最後までぶれることなくそれを貫く。指揮官のそうした姿勢がチームに自信をもたらし、最終的に入替戦勝利という結果につながった。世界中の強豪クラブを率いてきた経験に裏打ちされた確信こそが、ダイナボアーズにとって、どうしても埋まらなかったパズルの最後の一片なのかもしれなかった。
「私は最初にダイナボアーズに来た日から、このチームが必ず目標を達成できるチームだと信じていました。前のシーズンのビデオを見ると、課題がディフェンスとフィジカル面であるのは明らかだった。それさえ向上すれば、どんなことでもできるようになるはずだ、と。フィジカルを向上させ、スキルを磨いて、戦略を理解すれば、結果としてメンタルも強くなり、自分たちに自信を持てるようになります。そのためのプランを立てることが、我々コーチングスタッフの仕事。そしてそれに沿って全員が努力した結果、入替戦にチームのピークを持っていけたのだと思います」
入念な準備。徹底したハードワーク。そしていくばくかの幸運。歴史的勝利の要因は、どの競技のどんなカテゴリーでも時代を超えて普遍だ。2015年のラグビーワールドカップ、あの日本代表対南アフリカ戦もまさにそうだった。そして、それらをふまえた上で、あらためてトップリーグに昇格できた一番の要因を聞くと、クーパーHCは「ユニティ(結束、まとまり)」と言った。
「会社からの手厚い支援、選手とスタッフの努力、ファンのサポートもすばらしかった。入替戦は豊田自動織機のホーム(パロマ瑞穂ラグビー場)でのゲームでしたが、まるで我々のホームのようだった。あの一体感こそが、最大の勝因です」
基本的なプロセスは踏襲する一方、チームをスケールアップさせるための新たな取り組みにも、もちろん着手している。クーパーHCが真っ先に成果を口にしたのは、リクルーティングだ。3月に発表された新加入選手の中には、現ニュージーランド代表の若きFW、ジャクソン・ヘモポの名もあった。
「25歳のオールブラックスを獲得できるチャンスなどなかなかありません。ジャクソンはニュージーランドで私と同じクラブでプレーしており、非常に強く、アグレッシブで、人間的にもすばらしいキャラクターを持っています。80分間全力を出し切る選手であり、必ずチームにいい影響をもたらしてくれるでしょう。他の選手たちも、みな大きな可能性を秘めている。リクルートスタッフに感謝していますし、彼らがプレーする姿を見るのが楽しみです」
戦い方やラグビースタイルについても、昨季から大幅に変える部分はない。もっとも、新しいスタッフ陣のもとで新たなチーム作りを進めた昨季に比べ、指導体制、選手ともほぼ同じ顔ぶれで、蓄積した力と経験を継続して磨いていけることは、大きなメリットになるだろう。特に今季は、「ディフェンスに力を入れていきたい」と意気込みを語る。
「ダイナボアーズはアタッキングチームであり、そのスタイルは今年も変わりません。一方、去年の近鉄との第2戦や入替戦では、ディフェンスがすばらしかった。トップリーグの強豪に勝つためには、何よりまずはディフェンスで相手を抑えられるようにならなければならない。ディフェンスでダイナボアーズのハートやスピリットを示し、『我々はこのようなチームなのだ』という強いキャラクターを打ち出せるようにしていきます」
ラグビーワールドカップが開催されるため、2019-2020シーズンのトップリーグは例年とは大幅に異なる日程で実施される。まずは6月から8月にかけてトップリーグの16チームとトップチャレンジリーグの8チームを合わせた24チームによるカップ戦を行い、ワールドカップによる休止期間を挟んで、来年1月から5月まで通常のリーグ戦が行われる。間に4か月のブランクがある長丁場のため難しい部分はあるが、今季昇格したばかりのダイナボアーズにとっては、それによって得られる恩恵も少なくない。
「カップ戦でトップリーグのレベルを経験し、休止期間中に課題を修正して、トップリーグに臨める流れは、我々にとって非常にありがたい。多くのことを試し、学び、成長できるわけですから、逆にこのスケジュールでよかったと思っています。大切なのは、モメンタム(勢い)を持って来年1月に開幕するトップリーグを迎えること。そのためにはカップ戦でいいパフォーマンスを発揮して、自信を得ることが重要になります。プール戦の6チーム中1チームしかプレーオフに進めないので厳しい戦いになりますが、パフォーマンスにフォーカスしていきます。勝つことではなく、パフォーマンス、試合内容にこだわっていけば、必ず結果はついてくる」
その聡明な脳裏には、すでに明確なロードマップが描かれているのだろう。イメージするゴールは、2018年12月23日、言葉にならないほどの歓喜に包まれたあの入替戦の試合後のようなシーンだ。
「会社、サポーター、そして選手とスタッフのおかげで、ダイナボアーズは今季トップリーグで戦うことができます。だからこそ、みなさんに必ず恩返しをしたい。昇格を決めたあの瞬間の気持ち、あの喜びを、今年も全員で共有したい。それが、我々すべてのチーム関係者の思いです」
無論、そこに到達するまでの道のりは平坦ではない。でも、困難を乗り越えて成し遂げるものほど、喜びは大きい。そのために、全力を尽くす覚悟はできている。
Published: 2019.04.11
(取材・文:直江光信)
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