#026 小松 学『いくつもの想いを背負って。』
トップリーグ直結の下部リーグとして今季より新設された「ジャパンラグビー トップチャレンジリーグ」が、9月9日にいよいよ開幕した。悲願のトップリーグ昇格に向け懸命の戦いが続くダイナボアーズにあって気を吐いているのが、在籍9年目のPR小松学だ。第3節まで全試合にメンバー入りを果たし、3戦目の中部電力戦では先発して後半31分まで奮闘。34歳となった今季も元気な姿を見せている。
そんな現在のプレーぶりからは想像もつかないが、実は2017年度の活動がスタートするまで、小松は選手生命の危機に瀕していた。理由は相次ぐケガだ。長年に渡る負担の蓄積でボロボロになっていた両肩を3年前に手術し、そこから復帰したものの、直後にふくらはぎの肉離れを発症。ようやく完治したと思ったら今度は逆のふくらはぎを痛め、体のバランスが崩れた状態でいろいろな部位をかばいながら無理を続けた結果、最終的に腰が悲鳴を上げた。
「仙腸関節を痛めて、それが治るまでなんだかんだで1年ぐらいかかりました。公式戦に関しては一昨年がほぼリザーブで、昨シーズンは1試合も出られなかった。歩くこともできないくらいでしたし、正直、もうこれで終わりかな、とも思いました」
幸い今年の2月ごろには完調に近いところまで回復しており、「チームから『いらない』と言われない限りはやろうと思っていました」と小松自身は振り返る。もっとも34歳という年齢で社員選手であることを考えれば、そろそろラグビーは区切りをつけて仕事に専念する…という選択をしても不思議ではなかっただろう。それでも再びピッチに戻る決断をした理由を、本人はこう明かす。
「職場にはラグビーをやるためにいろいろとサポートしてもらっていますし、不十分な状態でグズグズやるくらいなら、スパッとやめて仕事で会社の一員として進む道に切り替えたほうがいいんじゃないか、という思いは当然ありました。ただ、メディカルを中心にチームスタッフの方々から本当によくサポートしてもらって、会社の上司や同僚もずっと『がんばれよ』と言い続けてくださった。これだけ長い間ラグビーをやってきて、せっかくある程度できる体に戻してもらったのに、自分の気持ちだけでやめるわけにはいかないな、という思いが一番強かったですね」
戦力外通告を受けることも覚悟していたが、佐藤喬輔監督からかけられたのは、「しっかりケガを治して力になってくれ」という激励の言葉だった。周囲の期待は、奮起を後押ししてくれる何よりのエネルギーになる。長い試練の時間を経て久々に戦いの舞台へ帰ってこられた喜びは、以下の短いフレーズにも満ちあふれている。
「戻ってきて本当によかった。ラグビーって楽しいなと、あらためて思っているところです」
小松には、簡単にはラグビーをやめられない理由が他にもある。法政大学を卒業後に入社したセコムでの、忘れもしない3年目の2008-2009年シーズンを終えた直後の2月。会社から突然強化中止を告げられ、チームが空中分解する辛苦を味わった。
「ようやく自分たちの世代もちょっとずつ試合に出られるようになってきて、『来年は絶対俺らが引っ張っていこう』と言っていた矢先の出来事でした。本当に突然で、何の前触れもなく、一瞬にしてプレーする環境がなくなってしまった。僕はいろんな方にお世話をしてもらって三菱重工でまたラグビーをやらせてもらえることになりましたが、そういう経験をしたからこそ、今のこの環境に身を置けることのありがたさを感じる。ラグビーを続ける機会をいただいた以上、簡単に自分の都合でやめますとは言えません」
当時、「お前の行き先は俺が探す」と言って移籍の面倒を見てくれたのが、大学の先輩でもある5歳上の渡邉庸介だった。神様のような存在の人が、激動の最中にみずからのことを後回しにしてまで自分の世話に奔走してくれた姿は、今も脳裏に色濃く焼き付いている。「そういう方々のためにも、と言うとおこがましいですが、適当なことはできないという思いはあります」。そんな思いを持った選手がいることは、チームにとっても小さくはない意味がある。
そしてだからこそ、自身としてもチームとしても、このままでは終われないという思いは強い。
「歳も歳なので、来年再来年を見据えてといったことはまったく考えられませんし、毎年『これが最後』という気持ちでやっています。今年はトップチャレンジリーグもできて、チーム的にもそろそろ(トップリーグに)上がらなければいけない瀬戸際だと思う。今は自分が試合に出るかどうかより、とにかく何でもいいのでチームの力になることをできたら、という気持ちです」
チームは開幕からの3試合を全勝で乗り切ったものの、第1節の釜石シーウェイブス戦は19-7、第2節のマツダ戦は19-5と苦しんだ。第3節の中部電力戦でようやくボーナスポイント付きの勝利を挙げたが(68-24)、このリーグで戦う厳しさをあらためて痛感させられた格好だ。この状況を、選手たちはどう感じているのか。小松はこう語る。
「夏合宿で神戸製鋼に勝ち、キヤノンともいい試合をして、感触がよかった。それだけに選手にも戸惑いがありますし、ファンの方々や会社のみなさんは、『どうなってるんだ』と感じていらっしゃると思います。今は細かいミスが多くて、自滅している部分が大きい。いいプレーをしようとするのではなく、まずは今までやってきたことを愚直にやることが大事だと思います」
一方で、勝ち星を挙げつつそうした厳しい戦いを経験できたことは、プラスの側面もあるだろう。長いシーズンでは、必ずいい時期もあれば悪い時期もある。課題は明確であり、今後はケガで戦列を離れている主軸選手の復帰も予定されているだけに、ひとつのきっかけで大きくチーム状態が好転する可能性は十分ある。
「おごりではなく力があるのは自分たちでもわかっているし、選手全員がトップチームとも戦える自信を持っています。トップリーグでやってきた選手がたくさん加入して、経験という点でも層が厚くなっている。あとは、自分たちのできること、すべきことを、どこまで欲張らずにやり切れるか。今までやってきたことを出せば、絶対に道は拓ける。ここからは上がっていくだけだし、迷いはありません」
現在のコンディションを尋ねると、「万全です」と力強い返事が返ってきた。ホームグラウンドでの試合も多かった昨季までとはうって変わって遠征が続くスケジュールには、「ファンの方々の声援がいかに力になっていたか、あらためてそのありがたさを感じているところです」と苦笑する。自分を支えてくれたたくさんの人々の思いを背負って、小松学は勝負のシーズンに臨んでいる。
Published: 2017.10.30
(取材・文:直江光信)
D-DNA
- #063 小泉怜史『申し子、来たる。』
- #062 ジャクソン・ヘモポ『Huge Impact.』
- #061 杉浦 拓実『貪欲に。』
- #060 グレン・ディレーニー『熱狂を巻き起こす。』
- #059 クーパーHC & 石井GM 特別対談
- #058 大嶌 一平『不撓のエナジー』
- #057 岩村 昂太『待望の日々。』
- #056 奈良望『今だからこそ。』
- #055 石田 一貴『ここが、スタート地点。』
- #054 レポロ テビタ『まだ、夢の途中』
- #053 コリン・スレイド『Genuine』
- #052 ヘイデン・ベッドウェル-カーティス『Dependable.』
- #050 イーリ ニコラス『Brand New Days』
- #049 宮里 侑樹『物語は続く。』
- #048 竹田祐将『進む道。』
- #047 井口 剛志『突き詰める。』
- #046 武者 大輔『鋭利なる決意。』
- #045 川俣 直樹『33歳の充実。』
- #044 李 城鏞『念願のスタートライン。』
- #043 土佐 誠『もっと上へ。』
- #042 グレッグ・クーパー『Do our best.』
- #041 川上 剛右『歓喜の先へ。』
- #040 阿久田 健策『このチームが、好きだから。』
- #039 D-DNA特別編 4人の当事者たちが振り返る「2007.1.27近鉄戦」『あの日、歴史が変わった。(後編)』
- #038 D-DNA特別編 4人の当事者たちが振り返る「2007.1.27近鉄戦」『あの日、歴史が変わった。(前編)』
- #037 青木 和也『信頼の砦。』
- #036 関本 圭汰『やってやる。』
- #035 小野寺 優太『時、来たる。』
- #034 井口 剛志『蘇生への疾走。』
- #033 榎本 光祐『輝きを取り戻す。』
- #032 ウェブ 将武『胸躍る。』
- #031 土佐 誠『歴史に名を刻む。』
- #030 グレッグ・クーパー『すべてはトップリーグ昇格のために。』
- #029 成 昂徳『一途に。一心に。』
- #028 マイケル・リトル『今を生きる。』
- #027 土佐 誠『不屈の求道者。』
- #026 小松 学『いくつもの想いを背負って。』
- #025 渡邉 夏燦『名司令塔の系譜。』
- #024 山本 逸平『沈着なる闘志。』
- #023 佐々木 駿『不動の決意。』
- #022 中濱 寛造『フィニッシャーの矜持。』
- #021 比果 義稀『僕の生きる道。』
- #020 藤田 幸仁『「経験」の重み。』
- #019 小林 訓也『すり切れるまで。』
- #018 トーマス優デーリックデニイ『このジャージーをまとう誇り。』
- #017 安井 慎太郎『静かなる決意。』
- #016 佐藤 喬輔(監督)『やり切る。』
- #015 村上 崇『ラグビーをできる喜び。』
- #014 大和田 祐司『今度こそ。』
- #013 茅原 権太『さらなる高みへ。』
- #012 村上 卓史『躍進のルーキー。』
- #011 安藤 栄次『挑戦は続く。』
- #010 徳田 亮真『未踏の地を征く。』
- #009 ロドニー・デイヴィス『X-Factor』
- #008 ニコラス ライアン『僕がここにいる理由。』
- #007 田畑万併『充実の日々』
- #006 安江 祥光『この仲間たちと、あの舞台へ。』
- #005 椚 露輝『ワクワクさせる。』
- #004 中村 拓樹『もう一度、あの舞台へ』
- #003 ジョージ・コニア『カルチャーを築く。』
- #002 西舘 健太『いい風が、吹いている。』
- #001 佐藤 喬輔『覚悟の船出』