#053 コリン・スレイド『Genuine』
正真正銘。掛け値なしの俊英にして本物のエリートである。
数々の好プレーヤーを輩出してきたニュージーランド屈指の名門、クライストチャーチボーイズハイスクールで司令塔を務め、2年連続全国優勝を達成。卒業から2年後の2008年にカンタベリー州代表でシニアデビューを果たすと、翌2009年クルセイダーズでスーパーラグビー初出場、2010年には22歳にしてラグビー王国の頂点であるオールブラックスに選出される。2011年のニュージーランド大会、2015年のイングランド大会と2度のワールドカップにも出場し、いずれも優勝チームの一員となった。
ラン、パス、キックすべてのスキルを兼ね備え、スピードと判断力もトップクラス。インターナショナルの舞台で本職のSOからFB、WTBまでを高い次元でカバーできる。世界でもっとも潤沢な選択肢を与えられるオールブラックスのコーチ陣が4年に渡って重用したことからも、コリン・スレイドがいかに貴重な存在であったかがわかる。ちなみに2011年、2015年のワールドカップでのチーム内での位置づけは、あのダン・カーターのバックアップだった。
2015年から昨シーズンまではフランス、TOP14のポーでプレーした。そして円熟の境地に達しようとしている33歳のレイドは、活躍の場を日本へ移すことを決意する。理由はこうだ。
「過去5年フランスでプレーしてきて、自分の中で変化が必要だと感じていました。フランスでの暮らしはとても気に入っていましたが、また異なる文化に触れてみたかったというのも理由のひとつです。日本はヨーロッパに比べてニュージーランドに近いので、家族にも会いに行きやすい」
ダイナボアーズを新天地に選んだのは、指揮を執るのがニュージーランドのアンダー21代表時代のコーチであるグレッグ・クーパーヘッドコーチという人の縁が大きかった。電話で話を聞くと、かつての恩師はクラブの雰囲気や将来性について熱っぽく説明してくれた。
「すばらしい選手がたくさんいて、みな向上心があり、チームが上昇するためにすごく努力している。まだまだこれから発展していくポテンシャルを秘めたクラブだ、と。自分にとって絶好の機会だと思いました」
若い頃から結果がすべての厳格なるプロフェッショナルの世界を生きてきた。貪欲に成長を求め鍛錬を重ねる日々はもはや日常だ。新しい土地の新しい環境で、新しい仲間たちと切磋琢磨できることに、大きなやりがいと喜びを感じている。
「加入してまず感じたのは、選手はもちろん、マネジメントも、コーチ陣も、向上したいという意欲に満ちている、ということです。そういう環境こそが私の求めるもの。ミツビシには、ラグビーに対する強い情熱がある。誰もがハードワークをしていて、練習後には多くの選手がエクストラメニューに取り組み、私に質問をしにきてくれます。このチームで試合をするのが待ち遠しい」
SOを「常に学ばなければならないポジション」と表現する。チームが変われば、戦い方はもちろんチームづくりのアプローチも変わる。様々な国の様々なチームで、様々な選手たちと様々なスタイルのラグビーを経験してきたことは、試合をコントロールする役割を担う上でのかけがえのない財産だ。
「多くの経験を重ねることで、ゲームの中で起こる変化にもアジャストできるようになったと思います」
スーパーラグビーとTOP14、世界でもっともタフと評される2つのリーグで重厚なキャリアを積んだ。それぞれの特徴を「ニュージーランドのラグビーはとてもハードで、プレー展開が速く、スキルフル。フランスのラグビーは同じようにハードですが、よりフィジカリティにフォーカスしている」と語る。自身が志向するのは、「スピーディーでプレー回数の多いラグビー」。テンポの早さは世界有数といわれる日本のラグビーは、きっとスレイドのスタイルにフィットするだろう。
輝かしい経歴の影では、忘れられない蹉跌も味わった。2011年の自国開催のW杯。プールマッチ最終戦の前日練習でカーターが足の付け根を痛めてその後の出場が絶望的となり、代役の先発を託された。しかし当時23歳のスレイドは重圧からか精彩を欠く。結局自身も準々決勝のアルゼンチン戦で足を負傷し、チームから離脱することとなった。
「オールブラックスはたくさんのことを期待され、大きなプレッシャーがかかります。若い時にそうした経験をし、いかにプレッシャーに対応するかを学んだことは、自分の人生の財産になりました」
国の象徴であり、国民の誇り。そんな存在であるオールブラックスは、常に進歩を求める集団だ。停滞を拒み、最先端のラグビーを追求し、向上するための努力を絶対に怠らない。だからこそあれだけ勝ち続けられる。そのことを、身をもって体感してきた。
「若い頃の自分にとって、オールブラックスは目標であり、夢でした。その一員に選ばれ、ワールドカップのタイトルを獲得できたことは、これ以上ない名誉です。そして多くの偉大な選手やコーチから、様々なことを学びました。リッチー(マコウ)、ダン(カーター)、(キアラン)リード…。ある選手がグラウンドで範を示し、ある選手はリカバリー面で、また別のある選手はゲーム分析において他の選手の模範となる。そうやってお互いが常に学び合う環境がある。それこそが、オールブラックスの強さの理由なのです」
ダイナボアーズで期待されているのは、まさにそうした経験をメンバーに伝え、チームをいい方向へと導いていくことだろう。一方で本人は、自身の役割をこう話す。
「もちろん若い選手たちに経験を伝えることも意識していますが、自分の一番の責任はプレーで見せること。まずプレーで示し、それによってチームのレベルを引き上げる。それをクープス(クーパーHC)も期待しているはずです」
いいコーチ、いいプレーヤーがいて、いいマネジメントがあり、会社からの手厚いバックアップがある。揺るがぬ志もある。チーム合流からほどないタイミングでのインタビュー。スレイドはダイナボアーズの印象をそう語り、続けた。
「クラブ側はすばらしい準備をしてくれました。あとは我々選手がしっかりとプレーするだけです」。
本物のプロフェッショナルの存在は、チームをまたひとつ先のステージへと押し進めてくれるはずだ。
Published: 2021.01.13
(取材・文:直江光信)
D-DNA
- #063 小泉怜史『申し子、来たる。』
- #062 ジャクソン・ヘモポ『Huge Impact.』
- #061 杉浦 拓実『貪欲に。』
- #060 グレン・ディレーニー『熱狂を巻き起こす。』
- #059 クーパーHC & 石井GM 特別対談
- #058 大嶌 一平『不撓のエナジー』
- #057 岩村 昂太『待望の日々。』
- #056 奈良望『今だからこそ。』
- #055 石田 一貴『ここが、スタート地点。』
- #054 レポロ テビタ『まだ、夢の途中』
- #053 コリン・スレイド『Genuine』
- #052 ヘイデン・ベッドウェル-カーティス『Dependable.』
- #050 イーリ ニコラス『Brand New Days』
- #049 宮里 侑樹『物語は続く。』
- #048 竹田祐将『進む道。』
- #047 井口 剛志『突き詰める。』
- #046 武者 大輔『鋭利なる決意。』
- #045 川俣 直樹『33歳の充実。』
- #044 李 城鏞『念願のスタートライン。』
- #043 土佐 誠『もっと上へ。』
- #042 グレッグ・クーパー『Do our best.』
- #041 川上 剛右『歓喜の先へ。』
- #040 阿久田 健策『このチームが、好きだから。』
- #039 D-DNA特別編 4人の当事者たちが振り返る「2007.1.27近鉄戦」『あの日、歴史が変わった。(後編)』
- #038 D-DNA特別編 4人の当事者たちが振り返る「2007.1.27近鉄戦」『あの日、歴史が変わった。(前編)』
- #037 青木 和也『信頼の砦。』
- #036 関本 圭汰『やってやる。』
- #035 小野寺 優太『時、来たる。』
- #034 井口 剛志『蘇生への疾走。』
- #033 榎本 光祐『輝きを取り戻す。』
- #032 ウェブ 将武『胸躍る。』
- #031 土佐 誠『歴史に名を刻む。』
- #030 グレッグ・クーパー『すべてはトップリーグ昇格のために。』
- #029 成 昂徳『一途に。一心に。』
- #028 マイケル・リトル『今を生きる。』
- #027 土佐 誠『不屈の求道者。』
- #026 小松 学『いくつもの想いを背負って。』
- #025 渡邉 夏燦『名司令塔の系譜。』
- #024 山本 逸平『沈着なる闘志。』
- #023 佐々木 駿『不動の決意。』
- #022 中濱 寛造『フィニッシャーの矜持。』
- #021 比果 義稀『僕の生きる道。』
- #020 藤田 幸仁『「経験」の重み。』
- #019 小林 訓也『すり切れるまで。』
- #018 トーマス優デーリックデニイ『このジャージーをまとう誇り。』
- #017 安井 慎太郎『静かなる決意。』
- #016 佐藤 喬輔(監督)『やり切る。』
- #015 村上 崇『ラグビーをできる喜び。』
- #014 大和田 祐司『今度こそ。』
- #013 茅原 権太『さらなる高みへ。』
- #012 村上 卓史『躍進のルーキー。』
- #011 安藤 栄次『挑戦は続く。』
- #010 徳田 亮真『未踏の地を征く。』
- #009 ロドニー・デイヴィス『X-Factor』
- #008 ニコラス ライアン『僕がここにいる理由。』
- #007 田畑万併『充実の日々』
- #006 安江 祥光『この仲間たちと、あの舞台へ。』
- #005 椚 露輝『ワクワクさせる。』
- #004 中村 拓樹『もう一度、あの舞台へ』
- #003 ジョージ・コニア『カルチャーを築く。』
- #002 西舘 健太『いい風が、吹いている。』
- #001 佐藤 喬輔『覚悟の船出』