#030 グレッグ・クーパー『すべてはトップリーグ昇格のために。』
ニュージーランド代表キャップ7を誇る元名プレーヤーにして、指導者としても国際舞台で確かな実績を残してきた。つい1年ほど前にはフランスリーグ屈指の名門、スタッド・フランセを率いて、欧州の強豪クラブによって争われるヨーロピアン・チャレンジカップを制している。何より日本のラグビーを熟知しており、文化やライフスタイルへの馴染みも深い。チームの命運を託す指揮官として、これだけの人物はそうはいない。
スーパーラグビーのハイランダーズや21歳以下のNZ代表の監督を歴任し、トップリーグのNECでもヘッドコーチ(HC)やアドバイザーを務めた。「クープス」の愛称で親しまれ、広く尊敬を集めるグレッグ・クーパーは、プロフェッショナルのHCとしてダイナボアーズの指揮を執るために、この春より相模原へやってきた。
世界中の一流プレーヤーが集うフランスのトップ14から、日本のトップチャレンジリーグへ。これまでのキャリアを考えれば、他にも魅力的なオファーは少なからずあっただろう。様々な選択肢がある中で、なぜダイナボアーズへの加入を決断したのか。クーパーHC本人はこう明かす。
「理由は2つあります。ひとつは距離的な問題です。家族と過ごす時間を考えると、フランスはあまりにも遠すぎました。もうひとつは、このクラブに非常に大きな可能性を感じたからです。ダイナボアーズは、多くの関係者やファンが長年願い続けているトップリーグ昇格という目標を必ず果たせるチームであり、そのチャレンジに携わることは、私にとって貴重な機会です。11年もの間トップリーグから遠ざかっているチームを昇格させることに大きなやりがいを感じますし、それを実現できれば、これ以上ない達成感を得られるでしょう。私はトップリーグが大好きです。そしてこのクラブをそこへ復帰させることを、指導者として最高の名誉だと思っています」
NEC時代の経験から日本での暮らしには何の不安もない。2016年から2シーズンに渡ってフランスで過ごす間も、トップリーグの試合映像を数多くチェックし、常に日本ラグビーの動向に関心を寄せてきた。そのため、現在のトレンドや各チームの情報もしっかりと把握している。
3月末のミーティングで、ダイナボアーズの新HCとして本格的に始動。4月2日からはグラウンドでのトレーニングも始まった。まだ数クールを終えたばかりだが、実際に選手たちの動きや表情を目にし、コミュニケーションをとることで、あらためて見えてきたものもあるだろう。現在の心境を聞くと、「とてもワクワクしています」と言葉が返ってきた。
「選手たちの高いプロ意識を感じるし、トレーニングに臨む姿勢もいい。我々にとって非常に大きいのは、三菱重工という大企業が様々な面でチームをサポートしてくれていることです。ラグビーにフォーカスできるすばらしい環境があり、すべてのスタッフ、選手が熱意に満ちている。いいムードで活動できています」
では逆に、今のダイナボアーズにもっとも足りないものは何なのか。様々な国の様々なチームでトップクラスの戦いを経験してきた指揮官は、少し考えてから「自信」と言った。
「自分たちを信じることは、ラグビーにおいて非常に大切です。トップリーグ昇格を逃すシーズンがここまで続くと、選手は少しずつ自分たちを信じられなくなっていきます。まずはチームに自信を取り戻すことが、HCとしての私の責務です。トップリーグにふさわしいトレーニングを行い、自分たちがトップリーグにふさわしいクラブであると信じられるようにしていかなければならない」
現役生活とその後の指導者人生を通じてつくづく実感してきたのは、「準備」の大切さだ。どれほど強大な戦力を有していても、準備なくして優れたチームにはなれない。大きな目標を達成するためには、来るべき時に向け小さなステップを積み重ねていくしかないことを、クーパーHCは知っている。
「今の私が大事にしているのは、a dream without a plan is just a wish、プランのない夢はただの願い事に過ぎない、という言葉です。先日、歩いている時にふと頭に浮かんで、プリントアウトしてデスクに貼りました。大きな夢を持つことはとても大事です。でもそれを実現するためには、しっかりとしたプランを持たなければならない。今のダイナボアーズに必要なのも、正しいプランニングです」
成功の鍵として挙げる要素は、フィジカル、スキル&タクティクス、そしてメンタルの3つ。いずれもラグビーの根幹となるファクターであり、現在トップリーグ連覇中のサントリーを例に「チャンピオンチームは必ずこの3つを兼ね備えている」と話す。12月23日、運命のトップリーグ入替戦までに、いかにそれらを計画的に高めていけるか。まさにプランニングが問われるところだ。
「強靭なフィジカルにスキルとタクティクスが合わさると、メンタルも充実して自分たちを信じられるようになります。我々コーチは、選手のフィジカルを最大限まで向上させ、明確なゲームプランに基づいたスキルとタクティクスを提供する。それができれば、選手は自信を持つことができる。現在もっともフォーカスしているのはフィジカル面の強化です。そこから少しずつスキルとタクティクスのトレーニングを入れて行き、最終的にメンタルを強くしていく」
最終的な目標地点から見れば、現在のレベルは「まだ50から60パーセント」。一方で「選手たちの情熱やトレーニングに取り組む姿勢は、私の期待を上回るほど素晴らしい。チェックポイントをひとつずつクリアしていけば、必ず思い描くレベルに到達する自信があります」と語る。理想論や耳障りのいい抽象的な言葉を並べるのではなく、厳格に現実を見つめ、ターゲットを達成するための具体的な方策を打ち出す。そこに、数々の試練をくぐり抜けてきたラグビー人の信念と矜持がにじむ。
ダイナボアーズを必ずトップリーグへ導くという意志は、指名したリーダー陣の顔ぶれからもうかがえる。キャプテンは8か月前に加入したFL/NO8土佐誠、バイスキャプテンは昨季共同主将を務めた3年目のLOトーマス優デーリックデニイと、今季移籍してきたばかりのSH榎本光祐に決まった。チームがステップアップするために、在籍シーズン数に関係なく強いリーダーシップをとれる選手を任命したのは、HCとしての覚悟の表れだろう。
「土佐のことはNEC時代からよく知っています。これまで様々な困難を乗り越え、誰からも尊敬されている。偉大なリーダーになれる人物です。デーリックとエノについては、話し合いをする中で土佐をサポートする選手としてパーフェクトな2人だと考えました。エノは加入して2週間でバイスキャプテンになったわけですが、練習の姿勢がすばらしく、すでにチームにたくさんのいい影響をもたらしています。みな優れた人格を有し、選手としてのレベルが高く、リーダーシップも備えている。またトップリーグでの経験も豊富です。トッップリーグに昇格できると全員が信じられるようになる上で、トップリーグでのプレー経験が豊富な選手がリーダーになる意味は大きい」
昨シーズンの入替戦ではほとんど勝利に手がかかりながら、ラストプレーで同点に追いつかれて昇格を逃した。2008年の降格以来、もっともトップリーグに肉薄したという手応えがあっただけに無念は募るが、トップリーグがはるか遠い別世界ではなく、手の届く位置にあるということを、あらためて実感できたのもまた確かだった。
今年こそ。今度こそ必ず勝ち切ってくれ。社内の関係者やサポーターに接するたびに、そんなムードをひしひしと感じている。
「誰もが復帰を熱望しているし、期待の言葉をかけてくれます。多くのサポーターに対し我々ができる恩返しはただひとつ、トップリーグに昇格することです。繰り返しになりますが、夢を実現するためにはプランニングが重要。私はHCとして、トップリーグに復帰するためにできる限りの準備をします。チームが始動して3週間、ここまでいいトレーニングができましたが、それで満足することなく、常に『もっとできる』というメンタリティで取り組んでいく」
ターゲットの12月23日まで約8か月。すべては、トップリーグの舞台に立つために。クーパーHCと新生ダイナボアーズの挑戦が始まった。
Published: 2018.05.11
(取材・文:直江光信)
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