#020 藤田 幸仁『「経験」の重み。』
新たなチャレンジである。
長くダイナボアーズのセットピースを支えてきたPR藤田幸仁は、今季からプレーヤー兼任でFWのアシスタントコーチを務めることになった。スクラムの最前線でとてつもない重労働をこなしながら、FW全体を俯瞰して教え導く役割も担う。とても簡単な仕事ではないだろう。ただ、そのぶん大きなやりがいもある。
コーチ就任を打診されたのは、豊田自動織機とのトップリーグ入替戦からしばらく経った2月上旬だった。もともと指導者の道に興味はあったが、まだ現役を続けたいという思いも強く、スタッフ陣と話し合いを重ねた結果、プレーヤー兼任コーチという形に落ち着いた。その後、3月中旬にはニュージーランドに1週間ほど滞在し、スーパーラグビーの強豪クルセイダーズの練習に帯同して本場のコーチングを学ぶ機会ももらった。
これまでとは異なる立場で迎えた、2017シーズン。いまの心境を、本人はこう語る。
「選手としては当然試合に出たい。年齢も年齢なので、いいコンディションでグラウンドに立ちたいというのがまず一番にあります。その一方で、いままではビデオを見るにしても自分中心でしたが、これからはもう少し視野を広くしていかなければ、という気持ちも持つようになりました」
東北出身者らしい朴訥な語り口に、実直な人柄がにじむ。決して能弁なタイプではないが、だからこそひと言ひと言に重みがある。きっとコーチとしてチームに与える影響は、小さくないだろう。
岩手県の宮古高校でラグビーを始めた。中学時代は軟式野球部。最後の大会を終え、高校で甲子園を目指すべく体力づくりのために地域で活動するラグビーチームの練習に参加したのが、楕円球を追うきっかけだった。全国的な知名度では盛岡工業や黒沢尻工業といった県内の強豪に及ばないものの、3年時はその壁を突破して花園に出場。ちなみに当時大船渡工業の一学年下には現在チームメイトのLO村上崇が所属しており、花園予選の初戦で対戦している。
「僕らはシード校で、25分ハーフで百何対0という試合。ただ、記録を見ると確かにやっているんですけど、まったく覚えていないんです。重工に入った時、正直『なんで社会人にもなってこいつと一緒にやらなきゃいけないんだ』と思いましたから(笑)。でもあいつはそこから努力して、1年後には立派な戦力になった。顔つきまで変わって、がんばったんだな、と」
中央大学ではスクラムの安定感を評価され、U19、U21日本代表も経験。卒業後は大学の先輩であり、高校時代から声をかけてもらっていた武山信行・ダイナボアーズ元GMとの縁で三菱重工相模原に入社した。以来、コツコツとキャリアを重ね、今年で15年目のシーズンを迎える。気がつけばニコラス ライアン、堀越健介に次いで、チームで3番目の年長選手になった。
「そうやって数えると、けっこうやってるなと、感じますけど。毎年、試合に出たい、トップリーグに上がりたいと思ってやっていたら、いつの間にかこれだけ年数が経っていたという感じですね」
経験が大きくものを言うPRというポジションは、30歳を越えてからが働き盛りとも言われる。それでも、社会人ラグビーで15年に渡ってプレーを続けるのは、並大抵のことではない。「自分にとっては(ラグビーが)あって当たり前みたいになっているので、特に大変とは思わないんですけどね」。ここまで長く続けられる理由を訊くと、こんな言葉が返ってきた。
「1シーズン(2007年度)だけトップリーグでやって、その舞台の良さを知ってしまったから、もう一度あそこでやりたいというのがずっとあって。もしウチがあの後もトップリーグでやっていたら、満足して辞めているかもしれません」
これまでの歩みを振り返ると、時の移ろいの早さをあらためて実感する。2003年の入社当時に比べ、ダイナボアーズの活動環境は飛躍的に向上した。「最初は、コーチングスタッフも2人とかでしたから」。そうした流れの中で常に心にあるのは、いつの時代も変わらず自分たちをサポートしてくれる会社への感謝の気持ちだ。
「2003年にトップリーグが始まって以降、かつてトップリーグでやっていたけど降格して強化をやめてしまったチームがいくつもある。そんな中で、ずっと上がれていないウチが会社のサポートを受けられているのは本当にありがたいですし、期待されていると感じます」
過去数シーズンはあと一歩のところでトップリーグ昇格を逃してきた。言うまでもなく今季のミッションは、阻まれ続けてきたその壁を越えることだ。今年こそ悲願を果たすために必要なものを、藤田はこう表現する。
「みんなできる力があるのに、強い相手になるとチームのシステムを乱したり、先制されただけで焦ったり、リードしているのに1本取られると雰囲気が悪くなったりする。そういう場面で動じないメンタリティが必要だと感じます。そのためには、立ち返る場所、苦しくなった時に発揮できる、チームとしての武器を持たなければならない。こういう戦い方で、こうやってトライを取るという形は、コーチ陣が示してくれている。あとは、選手がいかにそれをやり切れるか」
プレーヤー兼任コーチになったことで、今後は選手とスタッフ陣の架け橋になることも期待されている。「これまでよりさらに一歩踏み込んで、コーチ陣と選手たちが意思疎通できるよう手助けしていきたい」。生え抜きのベテランでチームの歴史も文化も熟知しているだけに、そうした役割はまさに適任だろう。
現在36歳。年齢を重ねるごとに、コンディション維持には細かく気を配るようになった。「常にどこか気になるところはあるし、以前なら少し経てば痛みがなくなっていたけど、今は絶対にゼロにはならないので。そのへんの兼ね合いも考えながらやらないと」。もっとも体力の衰えについてたずねると、「そんなに感じないですね。元々、あるほうじゃないんで」と豪快に笑う。
「昔は人のことが気になってしょうがなかったんです。でも今はとにかく自分のことに集中するようになって、楽になりました。スクラムに関しては、もちろん組んだ数も大事ですが、いろんな相手、いろんな組み方を経験することが何より重要。そこは、自分の武器になると思います」
言葉だけでなく、身をもってプレーで表現できるからこそ、その経験はチーム全体にとっての財産になる。新設されたトップチャレンジリーグに挑む今シーズン。連続するタイトなゲームを戦い抜く上で、やはりこの男の存在は欠かせない。
Published: 2017.06.28
(取材・文:直江光信)
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