#044 李 城鏞『念願のスタートライン。』

胸を張れる成績。そう記しても異論はないだろう。経験こそ宝とされるPRというポジションで、大卒1年目にしてレギュラーの座を勝ち取ったのだから。

帝京大学から加入した昨シーズン。李城鏞は春のオープン戦からコンスタントに出場を続け、秋のトップチャレンジリーグでも開幕戦からリザーブメンバーに名を連ねた。ファーストステージは7試合中6試合に出場し、うち3試合で先発。第6節の栗田工業戦以降は、豊田自動織機との入替戦まで6試合連続で背番号1を背負い、クラブの悲願であったトップリーグ昇格に貢献した。

実は、大学時代はバリバリの1軍というわけではなかった。現日本代表のHO堀越康介主将率いる代の一員として大学選手権9連覇を達成したものの、自身の公式戦出場は4年間で数えるほど。熱く激しく切磋琢磨してきた仲間たちの活躍は誇らしかったが、複雑な思いもあった。

「試合でメンバーから外れるたびに悔しく、歯がゆい気持ちを味わってきました。そのぶん、ジャージーを着る重みはわかっているつもりです。そしてだからこそ、1年目から出させてもらってうれしい反面、責任も感じていました。1年目だからミスして当たり前、ではなく、いろいろな人のぶんも背負って、という思いでプレーしていました」

チームメイト、対戦相手ともに経験豊富な実力者がひしめく中、レベルの高いゲームでプレーすることはやりがいがあったし、純粋に楽しかった。このクラスでも自分の持ち味が十分通用するという手ごたえもつかめた。一方で、この先トップカテゴリーでキャリアを重ねていくためには、足りない部分があることもわかった。

「僕の強みはスクラムと運動量。ボールを持って大きくゲインするようなタイプではありませんが、フロントローだからといってスクラム以外でお荷物にはなりたくないし、バックロー並みに走れるようになりたい。大事な局面でサポートに入る、重要なスクラムで負けないといったところで、去年はできなかった場面が正直ありました。“やれた”という感覚より、“まだまだやれる”という思いのほうが強いですね」

だから昨年12月23日の入替戦に勝利してトップリーグ昇格を決めた後も、1日休んだだけで25日には自主トレーニングを開始した。実家のある大阪に帰省した時も含めて週4日はジムに通い、課題である腰回りや下半身の強化に励んだ。

「(入替戦に勝った瞬間は)初めてああいう場に立つことができて心の底からうれしかったし、高校の時からずっと夢見ていたトップリーグの舞台に立つチャンスがこれからたくさんあると考えるとワクワクしました。それとともに、もう一皮も二皮もむけないとトップリーグでは通用しないということも、すごく感じた。『やらなければ』という思いが強かったので、浮かれたのは勝った当日だけです」

そうした真摯な姿勢に加入2年目ということも相まって、この春は昨季以上に充実した日々を過ごしている。「去年は周りを見てついていくことで頭が一杯でしたが、今年はリラックスしつつ、ハングリーにチャレンジできていると感じます」。特に今季は最高峰のステージで戦うことをふまえ、周囲に頼るのではなく主体的に取り組む「オーナーシップ」を強く意識しているという。

グレッグ・クーパーヘッドコーチを筆頭に昨季と同じコーチングスタッフのもと、基本的に同じ戦い方を踏襲するとあって、チーム作りの進め方に不安はない。一方でトップリーグのタフなシーズンを戦い抜くためには、フィジカル、スキル、戦術と、すべての要素でさらなるレベルアップが求められる。

「ファーストミーティングでクーパーさんが『トップリーグで勝つチームになるためには、時間があるようでない』と言われたのですが、その通りだな、と。焦る必要はないけれど、毎日怠ることなく準備をすることが何より大事。ウォーミングアップやセルフケアも含めて、自分自身でしっかり取り組んでいかなければならない」

振り返れば帝京大学でつくづく重要性を痛感したのが、まさにこの部分だった。ラグビーは一朝一夕に強くならない。一日たりともムダな日を作らず、一瞬一瞬に全力を尽くす。その積み重ねが、シーズン終盤で大きな差になる。

「しっかりとスクラムを組む。走る。すばやく起き上がる。そういった目の前の小さなことを、誰よりも徹底できるか。それこそが、トップリーグで勝つために必要なことだと思っています」

大学時代の同期には、1年目からトップリーグで活躍する選手もいれば、日本代表としてラグビーワールドカップ出場を視野に入れる選手もいる。かつての仲間と同じステージで戦う今季、当然ながら期するものはあるだろう。

「彼らに追いつき、追い越していきたいという気持ちは、大学時代からすごくありました。去年の春はスタートラインが違いましたが、今年は同じ土俵で勝負できる。うれしいし、勝ちたいですね」

今シーズンは日本代表として2011年のラグビーワールドカップにも出場したベテランの川俣直樹が新たにチームに加わった。強力なライバルの出現でポジション争いは熾烈になるが、李はその状況を歓迎する。もちろん、やすやすとレギュラーの座を譲るつもりはない。

「川俣さんにあって僕にないものもあれば、その逆もある。川俣さんに勝てばいろんなチャンスがくるし、もっと成長できる。ポジション争いが活性化すれば、チームのレベルアップにもつながる。ポジティブにとらえています。自分の強みを前面に出して、チャレンジしたい」

昨シーズンの入替戦。ダイナボアーズの新しい歴史が刻まれる瞬間を当事者として目の当たりにし、魂が震えるような感激を味わった。遠路アウェーのスタジアムまで駆けつけ声援を送ってくれた多くのファンや会社関係者の姿に、クラブを背負って戦う重みをあらためて実感した。12季ぶりに帰ってきたトップリーグは、そうした大切なサポーターが長らく待ち望んだ舞台でもある。12年前は勝利を挙げられないまま降格しているだけに、今回はひとつでも多くの白星をつかんで、またともに喜びたい。

「今季はカップ戦、リーグ戦と2つのシーズンがあって、多くのチャンスがある。そのチャンスをムダにせず、目の前のことに必死に取り組んで、将来的に日本のトップに立つクラブになることを目指して戦っていきます。これからもたくさんの応援を、よろしくお願いします」

貪欲に。ひたむきに。あくなき向上心は、自身だけでなくチームを押し進める活力となる。

Published: 2019.06.04
(取材・文:直江光信)