#031 土佐 誠『歴史に名を刻む。』
決意の表れ。そうとらえた人も多かったのではないか。新たにグレッグ・クーパーヘッドコーチ(HC)を指揮官に迎えた2018年度のダイナボアーズのキャプテンに指名されたのは、在籍2年目の土佐誠だった。
チームに加入したのは、トップチャレンジリーグの開幕を11日後に控えた昨年の8月末。2年目といっても実質の活動期間は半年あまりだ。実力、実績、人間性のいずれも申し分ないトッププレーヤーとはいえ、「大胆な決断」には違いないだろう。もっともクーパーHCは、「偉大なリーダーになれる人物。難しい選択ではなかった」と全幅の信頼を口にする。絶対的使命であるトップリーグ昇格のためなら、余計な遠慮や気遣いは不要。そんな強い意志を感じさせる人選だ。
打診を受けたのは、今季のチームトレーニングがスタートしてから1週間ほど経った4月上旬。石井晃GMを交えた面談の席上で、クーパーHCから直接告げられた。その時の心境を、土佐本人はこう振り返る。
「いいチャレンジになるな、と。予感は…なかったと言えば嘘になるかもしれません。何かしらリーダーシップをとる役割はやるだろうと思っていたので。もともと役職に関係なくチームを引っ張ろうという意識はありましたし、そういう意味では、特に自分の役割が変わるわけではない。HCからも『今までの君を見て選んだのだから、変わる必要はない。今まで通りやってくれればいい』と言われています」
変わらなければならないのはチームであり、一人ひとりの選手の意識。だからこそ、変わる必要のない強靭なリーダーを頂に据える。それが、「土佐キャプテン」に込められたクーパーHCのメッセージなのだろう。
「トップリーグ昇格はもちろんですが、本物のいいチームになるためにダイナボアーズを変えていかなければいけないという使命を、HCも感じているのだと思います。そのためには、チームに長くいるかどうかは関係ない。僕自身、そこはまったく気にならなかったですね。全体ミーティングで発表された時、みんなも快く受け入れてくれて。『ありがとう』という気持ちでした」
昨季は満を持してトップチャレンジリーグに挑んだものの、1stステージ、2ndステージともHondaと日野自動車に敗れ自動昇格はならず。コカ・コーラとの入替戦では10点リードで残り5分を迎えながら、そこから2トライを許して同点に追いつかれ、またしてもあと一歩で昇格を逃した。痛恨のドロー。もっとも土佐は、「トップリーグがこんなに近いんだと安心した部分もあった」と言う。
「僕は1年目だったので『またか』というのをあまり感じなかったのかもしれませんが、15位とはいえトップリーグのチームと、あの舞台であれだけの試合をできたことについては、もっと自信を持っていいと感じました。もちろん後から悔しさがこみ上げてきたのですが、あらためて『いいチームだな』と素直に思えた。実力は十分にある。あと少しスパイスを加えれば、トップリーグチームになれると再認識しました」
勝てなかったけれど負けもしなかった。自分たちには間違いなくトップリーグでやっていける力がある。心の底からそう実感して新しいシーズンに挑める意味は、決して小さくはない。結果的には6年連続入替戦で涙を飲むこととなったが、チームはまた一歩着実に前進した。
それをふまえた上で、今季こそトップリーグ昇格を果たすために、何をしなければならないのか。どんなステップを重ねていけば悲願を達成できるのか。土佐の考えはこうだ。
「現代ラグビーでは、どのチームも戦い方自体はそう大きくは変わらない。あとは細かいことを、どれだけ精度高くやり続けられるかだと思う。そのために、リーダー陣からそこを言い続けていく」
最後の最後で勝敗を分けるのは、細かい部分のこだわり。ラグビーの真理であり、佐藤喬輔前監督の時から続くダイナボアーズの課題でもある。それを克服するためには、普段の練習からどれだけ高い意識を持って一つひとつのプレーに取り組めるかがポイントとなる。そうした部分で範を示すことも、リーダーとしての土佐の役割だ。
チームに目を向ければ、スタッフ、プレーヤーともに新たな顔ぶれが加わり、クラブとしてのスケールはもうひと回り重厚さを増した。まだトレーニングは始まったばかりで、コンディショニングのため別メニューのベテラン選手もいるが、手応えは上々のようだ。
「経験豊富なグレッグ(クーパーHC)とホフティ(カール・ホフトアシスタントコーチ)がいることで、しっかり計画された練習の中で細かいコーチングがなされている。選手からもポジティブな意見が多く聞こえてきています。それまでが悪かったということではなく、去年までは一人で何役もやっている状況だったのが、今年はバランスよく役割分担できている。いいムードで進んでいます」
この6月で32歳。プレーヤーとしてはいよいよ円熟期を迎えつつある。そのタイミングで、チームにとってかつてないほど重要なシーズンの重要な役割を任された。これまで数々の使命を背負ってきた生来のリーダーの真骨頂といえるだろう。
「すべてがいい経験ですし、特に今回のキャプテンの件は光栄としか言いようがありません。ダイナボアーズを久しぶりにトップリーグへ昇格させたメンバーとして、チームの歴史に名を刻む。僕だけでなく、みんなそういう思いでやっていると思う。今はチーム全体がワクワクしているような感覚があります」
今季はトップリーグからNTTドコモと近鉄の2チームが降格し、サンウルブズの活動期間を確保するための日程短縮の影響で自動昇格もなくなった。昨季以上に戦いは厳しくなり、昇格への道は険しさを増した。一方で、自動昇格と入替戦の両にらみだった今までに比べ、「入替戦に勝つしかない」と腹をくくりやすくなったのも確かだ。
「最初からトップチャレンジリーグで1位にならなきゃいけないというプレッシャーの中でやるよりは、勝っても負けても4位以内に入れば入替戦に行けるというほうが、コンディションは整えやすいと思います。あとはトップリーグでどこが入替戦に回ってくるかわからないし、そこまでいけば運次第という面もありますから」
重責に肩肘張るのではなく、いたずらにプラス思考を装うのでもなく、どこまでも自然体で目の前の状況に真摯に向き合う。様々な経験を積み重ねてきた人間の懐の深さが、そうさせるのだろう。
「『今年は違う』という声が、いろんな選手から聞こえてくる。いいチームになってきていると思います」
このいい流れに乗って、本物のいいチームへ。変わらぬ男の大きな背中が、ダイナボアーズを牽引していく。
Published: 2018.05.30
(取材・文:直江光信)
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