#045 川俣 直樹『33歳の充実。』

停滞は衰退の始まりといわれる。とはいえ、トップレベルで確かな足跡を残してきたベテランが、プレーヤー人生の終盤に差し掛かったところで新たなチャレンジに踏み出すのは、簡単な決断ではないだろう。

もっとも、この春よりダイナボアーズの一員となった川俣直樹は、「そこに関して抵抗はあまりなかったですね」と話す。

「実家(八王子)に近いチームで終わりたいという気持ちがずっとあったし、この歳(33歳)ですからおそらく最後の移籍になるだろうというのもあった。もちろん、プレーヤーとしてまだまだやれる、という気持ちもありました」

限りある選手生活でもうひと花咲かせるために、思い切って環境を変えよう。獲得に手を挙げてくれたのは、くしくも3か月前に自身が先発した入替戦で敗れた相手だった。

――前所属先の豊田自動織機を倒してトップリーグに昇格した三菱重工相模原への移籍。意識はしましたか?

「その時は織機での戦いに集中していたので。結果的にこうなりましたけど、自分の中では割り切っています」

環境面の充実、スタッフ陣の熱意に加え、相模原行きを決めた決定的な理由は、地元を大切にするチーム文化だった。

「普及活動も熱心にやっているし、地域のファンと一体になって強くなっていこうという熱意が伝わってくる。そういうチームに悪いチームはないと思っているし、逆に結果だけを求めるチームは、雰囲気もよくないですから」

実際に加入しての感想を聞くと、「想像していた以上にムードがいいですね」と返ってきた。

「向上心があって、チームメイト同士の関係もいい。いい意味で遠慮がないんです。キャリアがある歳上の選手が来るとヨイショするようなチームもありますが、ここは間違っていれば歳下の選手でもバシバシ言ってくるし、聞きたいことはどんどん聞きに来てくれる。環境も含めて、強くなるために必要なものがそろっていると感じます」

一方で、トップリーグのタフなゲームを戦っていくためには、今のままでは不十分なこともわかっている。三洋電機、パナソニックで国内の頂点に立ち、日本代表としてワールドカップにも出場するなど、これまで何度も最高峰の舞台の空気を体感してきた。だからこそ、現在のダイナボアーズに足りないものも、敏感に察知できる。

「強いチームは、当たり前のことを当たり前にできる。そしてその当たり前のレベルが高い。だから試合でもブレない。逆に、当たり前のことができないチームは、ひとつのミスからどんどん崩れていってしまう。そういう点でまだまだ甘いところがあるし、トップチャレンジリーグのムードが抜け切れていないと感じる部分がある。そこが変われば、もっと高い水準でラグビーができると思います」

そのために必要なものは何か。歴戦のスクラメージャーは少し考えた後、「責任感」と言った。

「サインプレーにしてもディフェンスにしても、一人ひとりが自分の仕事をきちんと遂行できなければ、チームとして機能しない。そういう意味では普段の練習から、ひとつのプレーに対してお互いにもっと厳しくならないといけないと感じます。結局はその積み重ねが本番で表れる。いきなりポーンと強くなるなんて、ラグビーではありませんから」

長年1番を背負ってきただけに、スクラムに対するこだわりは強い。ベテランらしい要所を押さえたプレーとともに、経験を他のメンバーに伝えていくことも重要な役割だろう。当然ながらワールドカップに出場した元日本代表として、ファンからの期待も背負う。

「そこはプロとして当然。自分の力をしっかり示すことは、大事だと思っています」

今シーズンは9月から11月にかけてワールドカップが開催されるため、トップリーグは6月から8月までカップ戦、そして来年の1月から5月までリーグ戦という変則的な日程で行われる。そのぶんチーム作りの進め方も例年に比べイレギュラーな流れになるが、昇格したばかりのダイナボアーズにとって、先に行われるカップ戦でトップリーグを体感し、そこで出た収穫と反省をふまえ入念に準備を整えた上で勝負のリーグ戦を迎えられることは、少なくないメリットがあるだろう。川俣も「早い段階であの環境を経験できる意味は大きい」と語る。

「昇格したばかりで余裕はないと思いますが、いろんな選手を試して、多くの選手にトップリーグの雰囲気を味わってほしい。もちろん勝ちにこだわることも必要ですが、個人的に(カップ戦は)たくさんチャレンジできる機会だと思っています。そこで感じたことが、リーグ戦に向けての貴重な肥やしになる」

かつては引退後に保育士になることをこころざし、2014年に国家資格を取得した。現在はリハビリテーションを行う作業療法士の道も視野に入れる。実は相模原に移り住んでくる前は、プレーしながら夜間に資格を取るための学校に通うつもりだった。しかし加入から2か月あまりが経った今、その気持ちはすっかり変化した。

「思っていた以上にこの環境が自分に合っていて、これまでにないくらい充実したラグビー人生を送れている。学校に行っている場合じゃない、ラグビーに集中しよう、と。正直、もう1、2年で引退してもいいかな、と思っていたんです。でも三菱に来て、1年でも2年でも長くプレーしたいという気持ちがすごく強くなった。ここで現役生活を終えられたら幸せだし、学校に通うのも、保育の世界に行くのも、ラグビーが終わってから考えようと」

もちろん生半可な気持ちではそれを実現できないことも自覚している。だからこそ、来たるべきシーズンに向けこう意気込みを口にする。

「出せるものをすべて出して、チームに貢献したい。上がったばかりですから、当然うまくいかないこともあると思うんです。でもそこであきらめず、がんばって戦い続ける。そのがむしゃらさを見てほしいですね」

ベテランらしい肩の力の抜けたインタビュー。一歩引いたところで俯瞰しつつ、要所に修羅場をくぐり抜けてきた者の矜持と覚悟がにじむ。33歳の偉丈夫は今、充実の時を過ごしている。

Published: 2019.08.02
(取材・文:直江光信)