#035 小野寺 優太『時、来たる。』
2018年のラグビーシーズンがいよいよ開幕する。ここまでの鍛錬の真価が問われる勝負の季節の到来を間近に控え、多くの選手、スタッフが、身の引き締まる思いで日々を過ごしていることだろう。
そしてここにも、ひときわ強い思いでキックオフの笛を心待ちにするひとりの男がいる。小野寺優太、28歳。一途にして献身的、FWのエンジンルームとしてダイナボアーズに推進力をもたらすことを期待されるロックである。
チームに加入したのは昨年の9月。しかし前所属先チームから移籍承諾書(リリースレター)が下りず、昨季は公式戦の出場がかなわなかった。雌伏の時を経てふみしめる芝の感触は、さぞ感慨深いはずだ。
「ラグビー選手は試合に出てチームに貢献することが一番。なのに、昨シーズンはそれができなかった。出られなくてもできることはあると思って自分なりのサポートはしたつもりですが、ずっと試合を外から見ているのは、すごく歯がゆかったですね。それだけに今年は、試合に出て貢献しなければという思いが強くあります」
NECに入社して4年目の2015年の春、会社の留学制度でニュージーランドのハミルトンに滞在し、100年以上の伝統を誇るハミルトン・オールドボーイズ・ラグビークラブで3か月間プレーした。ラグビー王国ニュージーランドでも屈指の強豪地区で一日中ラグビーに没頭し、才能と意欲にあふれる若者たちとしのぎを削る毎日は、刺激に満ちていた。奮闘を認められ、国内選手権を争うワイカト州代表の候補メンバーにも名を連ねる。留学期間の問題もあって最終的にスコッド入りはならなかったが、関係者の「あのまま残っていれば(州代表に)入っていたかもしれない」との言葉で負けじ魂に火がつき、2017年、再挑戦を決意。NECを退社して、ふたたびニュージーランドの地に立った。
結果として最終選考まで進んだもののまたしてもあと一歩で州代表入りはならず、帰国。その後、縁あってプロ選手としてダイナボアーズに加入することが決まる。しかしリリースレターが発行されなかったため、2017年の国内公式戦出場はゼロに終わった。
スポーツ選手にとって、たとえ半年とはいえゲームから遠ざかることの意味は重い。自身の置かれた立場を受け入れるまでに「相当な時間がかかりました」と本人は振り返る。
「ただ、どんな気持ちでいても、出られないものは出られないので。今の自分にできることは何かと考えて、練習でAチームを圧倒できるような雰囲気づくりを常に意識していました」
2シーズンぶりに立つ、国内公式戦のピッチ。当然ながら心に期すものはあるだろう。
「自分の中では毎年が勝負と思っているので、気持ちは変わらないつもりですけど。もしかしたら、ちょっと違うのかもしれないですね。2年分の思いというか」
NEC時代からオーバーワークを注意されるほどの一本気な性格に加え、そうした事情もあるだけに、もっとも懸念されるのは気持ちが先行しすぎて無理をしてしまうことだ。実は今春も昨季のブランクを埋めるべくニュージーランドのオークランドのクラグチームでプレーしたが、そこで足首を骨折。帰国し、3か月あまりのリハビリ生活を送った。それでも7月中旬に本格的なトレーニングを再開し、夏合宿からは実戦に復帰。9月9日の秩父宮での釜石シーウェイブスとのトップチャレンジリーグ開幕戦に向け、着々とコンディションを高めている。
「当初の予定より復帰を早めたのですが、結果的によかったと思うのは、夏合宿で何試合かプレーできたことで、ラグビーの試合感覚を取り戻せた。もしもう少し遅らせていたら、開幕戦には間に合わなかったかもしれません。僕が『やりたい、やりたい』というタイプなので、気を遣ってコントロールしてもらっているスタッフにはすごく感謝しています」
チームでの活動時間が短いことから、戦い方への順応具合が気になるところだが、「どのチームでやるにしろ自分の仕事をやろうという気持ちでいますし、愚直に一生懸命プレーするスタイルは変わらないので」ときっぱり。NECでもともに戦ったグレッグ・クーパーHCからは、「シンプルに、持ち味のアグレッシブさを出してほしいと言われています」と話す。
実際にゲームをプレーしてみてのダイナボアーズの印象を聞くと、こう答えが返ってきた。
「みんな真面目だし、一生懸命。NECと似た雰囲気を感じます。ただ、優しすぎて厳しさが足りないところもある。たとえばひとつのプレーに対してこっちがいい、いやこっちが、となった時、お互いが引いてしまうことが多い。うやむやのまま次に進むのではなく、しっかり話し合ってどうするかはっきりさせることが大事。特に今はラインアウトリーダーを任せてもらっているので、そこは突き詰めていくつもりです」
夏合宿ではコカ・コーラ、NTTドコモに競り負けたが、開幕前の最後の実戦機会となった8月24日のキヤノンとのプレシーズンマッチは後半に2トライを奪い、14-5で逆転勝利。このタイミングでトップリーグクラブから白星を挙げたことは、ダイナボアーズにとって大きな追い風になるはずだ。今のチーム状況を、小野寺はこう語る。
「去年に比べ、プレーヤー同士で話し合うことが大幅に増えました。まだ調子の波はありますが、キヤノン戦はディフェンスで我慢強く戦えた。個々のタックルの精度とリアクションスピードがよくなって、フェーズを重ねられてもラインをそろえて上がることができたのは、収穫だと思います」
福島との県境にほど近い茨城県北部に位置する磯原高校(現磯原郷英高校)でラグビーを始めた。合同チームで公式戦に出場するなど決して強豪校ではなかったが、流通経済大の内山達二監督に恵まれた体格と身体能力を見込まれ、同大でメキメキと頭角を表し、ついにはトップリーガーになるという高校時代の目標を成し遂げた。今年11月で29歳。プレーヤーとして、まさにこれから円熟期を迎える年代だ。
「(年齢の意識は)かなりしています。でも、気にしないように(笑)。これまでの僕の人生は、あまり先を見ず、目の前のことを一生懸命やれば何かにつながると思ってやってきました。今は、ほんの少しですが先を見て行動するようになってきた。歳のせいかケガも増えてきましたし、与えられたことをただ一生懸命やればいいわけではないということは、思うようになりましたね」
まだまだ老け込む歳ではないが、若い頃と同じようにふんだんに時間が残されているわけでもない。だからこそ、ひとつのシーズン、ひとつの試合、何より一つひとつの練習に全力を尽くすという気持ちは強い。「もっとラグビーに向き合う。そうなればもっとお互い厳しいことを求め合えるし、厳しい選択もできる」。ダイナボアーズがトップリーグ昇格を果たすために必要なものを述べたあと、現在の手応えを小野寺はこう表現する。
「いい未来にするために、今、行動する。そこはチームも僕自身も、できてきていると思います」
待ちに待った熱狂と興奮の時間が、いよいよ始まる。
Published: 2018.09.07
(取材・文:直江光信)
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