#016 佐藤 喬輔(監督)『やり切る。』

大いなる決意と覚悟を胸に臨んだシーズンだった。使命はただひとつ、トップリーグに昇格すること。そのためだけにこの一年を過ごしてきたと言っても過言ではない。だからあの日、来季のトップリーグ昇格の道が途絶えた2017年1月28日の豊田自動織機との入替戦終了の瞬間、佐藤喬輔監督は言葉にならないほどの絶望と罪悪感に打ちひしがれた。

「大きな過ちをしてしまった。ただただ、その思いでした」

明確なビジョンのもと、悲願を達成するためのストーリーを描き、綿密にプランを立て、ひたむきにそれを遂行してきた。歩むべき道を歩んでいる手応えはあったし、チームの確かな進歩も実感していた。しかしすべての戦いを終え、厳しい視点でシーズンを振り返ってみると、あらためてまだ甘さがあったことに気づいた。

「チームのどこかに緩さがあったとすれば、それは監督である僕からそういうところが出ていたことにほかならない。具体的に言えば、ムードに重きを置きすぎてしまった。『雰囲気を悪くしてはいけない』という思いから、悪いところや間違ったところに蓋をしていた感じです。練習の最後の締めにしても、『やろうとしていることは合っているし、雰囲気もよかった』といった言葉でまとめるケースが多かった。ミスが起こっているのに、いい練習だったと言っていいはずがない。でもムードを大事にするあまり、そう言った部分の指摘が甘かった」

もちろんシーズン中は厳しく突き詰めているつもりだったし、選手たちはみな提示したものに全力で取り組んでくれた。一方で、トップリーグの壁を越えるためにはそれでもまだ十分ではなかったのも事実だ。伸るか反るかの大一番では、極度のプレッシャー下でいかに一つひとつのプレーを精度高く遂行できるかが勝敗を分ける。そしてその力は、普段の練習から積み重ねていくことでしか身につけられない。たった1日の練習、ひとつのプレーですらおろそかにはできない。払った授業料はあまりにも高かったが、貴重な教訓が心の深い部分に刻まれた。

「ダメなところにもきちんと向き合える強さがなければならない。正直、こんなことは監督2年目が終わったところでする総括ではないと思います。ただ、ありがたいことに何とかもう一回チャンスをいただけた。今シーズンは、誠意を持って厳しく接していきます」

4月3日、チームはファーストミーティングを開き、2017年度のスタートを切った。一生忘れないほどの苦い経験をふまえた上でもう一度チャレンジする機会を得られたことは、就任3年目の指揮官を突き動かすこれ以上ないエネルギーとなるだろう。現在の心境を、本人はこう語る。

「ほぼ去年と同じ体制で、選手にとっては新鮮味がないだろうし、不安もあるかもしれません。でも、本当にすばらしいスタッフ陣がそろっていますし、我々がしっかりと導いていければ、昨年以上のいいチームになる自信があります。ただ、そのためには僕自身の内面が変わらなければならない」

1年目はチームの土台と文化を築くことからスタートし、2年目の昨季はそのベースの上に戦力と経験を積み重ねてスタイルを浸透させた。その結果、チームのシステムに沿って戦う意識が定着し、ゲームプランを遂行する能力は確実に高まった。3年目の今季はそこからさらに一歩進んで、プランを実行する中での判断力の向上に注力し、刻一刻と変化する状況に対応できるチームを目指していくという。基本的な戦い方のスタイルはこれまでと同じだが、「アタックもディフェンスも、よりエキサイティングなラグビーにしていきたい」とイメージを口にする。

「今はまだ体づくりの段階ですが、ゴールデンウィーク近辺からはグラウンドでラグビーの練習を始めます。そこで選手たちに今季の方針を伝えるのが、今から楽しみなんです」

新チームの陣容を見ていくと、まずスタッフではベテランのPR藤田幸仁が今季から選手兼任でFWアシスタントコーチを務めることになった。新加入選手はFL小林訓也、NO8土屋樹生、SH比屋根裕樹、CTBマイケル・リトル、WTB関本圭汰、WTB川上剛右の6人。ヤマハ発動機、NTTコミュニケーションズでトップリーグ通算96試合出場の小林と、NZのブルーズやノースハーバーで活躍したリトルを除けば決して知名度は高くないが、いずれも確かな実力と可能性を備えた選手たちだ。

「藤田は生え抜きでチームの文化や歴史をよく知っていますし、口数はあまり多くないけど考え方がスマートでまとまっている。新戦力も、こちらから求める人材を取りにいって来てくれた選手ばかりなので楽しみですね。川上はウチで数少ない全国優勝経験者(東福岡高時代に花園を制覇)ですし、土屋は去年のトップイースト最終戦の日野自動車戦の前座で山梨学院が専修と戦った試合を見てジョージ(コニアHC)が一目惚れした。リトルは全身バネという感じで、ボールキャリーでは必ずゲインラインを越えられる。すごいですよ。小林訓也は今までのウチにいないタイプで、もちろんプレーヤーとしてもすばらしい選手ですが、何より彼の考え方や姿勢を伝えてくれることを期待しています。今年は選手自身が自覚を持ってチームを引っ張っていくアプローチに取り組んでいて、彼はナチュラルにそれをできる。大きな影響を与えてくれるはずです」

今季はトップチャレンジリーグ(昨季のトップイースト、トップウェスト、トップキュウシュウの上位8チームで構成)が新設され、シーズンの過ごし方がこれまでと変わる。まず1stステージで8チーム総当たりのリーグ戦を行い、2ndステージではその1〜4位チームと5〜8位が4チームずつ2つのグループに別れてそれぞれ総当たり戦を実施。最終順位で1位となったチームが、トップリーグに自動昇格する。実力差の大きいチームとの試合も少なくなかったトップイーストに比べ、格段に厳しい戦いになるのは間違いないが、佐藤監督はこの変化を歓迎する。

「高いレベルのリーグ戦の中で切磋琢磨できる環境になるのは、ウチにとっていいことだと思います。際どい試合をもっともっと経験しなければならないし、そこを勝ち抜けないようでは、当然ながら上(トップリーグ)では戦っていけない。そのためには、入念なプランニングと相当なハードワークが必要になる」

他チームを見渡せば、実績ある選手を多数補強したり、海外からコーチを招聘したり、大きな動きのあったところも少なくなかった。しかしそうした動向は「まったく気にならないですね」と言い切る。

「もちろんどこにどういう動きがあったかということは情報として集めますが、それが我々にとってザワザワするような要素にはならない。うちも十分いい選手を取っていますし、自分たちのすべきことにフォーカスしています。ファーストミーティングで選手たちに伝えたのですが、活動環境や会社からのサポートなど、用意できるものは十分高いレベルで用意できている。大切なのは、『やるのは誰か』ということ。トップリーグで戦おうと思えば、もっともっと選手が自分から行動を起こして壁を越えていかなければならないし、相当な覚悟がなければそのハードワークはできない。そのマインドセットからスタートしました」

パスをする際はどんな時も必ずしっかりフォロースルーし、ランニングメニューでは必ずラインを越えるまで全力で走り抜け、トレーニングが終われば率先してリカバリーを行う。全員がそうした当たり前のことを当たり前に、かつ高いクオリティで100パーセントやり切れる集団——つまりは自立した大人のチームが、目指す理想像だ。

「目標は言うまでもなくトップリーグ昇格です。問題は、そのためにどう取り組んでいくか。そういうチームになるために、僕自身が『やり切る』ということを実践していきます」

やり切るか、やり切れないか。焦点はいたって明快だ。やり切れなければ、チームはまた同じ沼に沈む。やり切った先には、きっと願い求めてきたあの舞台が待っている。

Published: 2017.04.27
(取材・文:直江光信)