#060 グレン・ディレーニー『熱狂を巻き起こす。』

ステップアップのシーズンに新しい指揮官のもとでチャレンジの第一歩を踏み出す。胸高鳴るシチュエーションだろう。しかも率いるのが折り紙付きのエキスパートなのだからなおさらだ。

プレーヤーとしてニュージーランド、日本、イングランド、フランスを渡り歩き、指導者に転じても世界のプロフェッショナルの現場で重厚なキャリアを重ねてきた。イングランドの強豪ロンドン・アイリッシュの監督を経て、2017年に故郷カンタベリーのヘッドコーチとしてニュージーランドの国内選手権で優勝。2018年から2季はスーパーラグビーのハイランダーズでアシスタントコーチ、その後はウエールズのスカーレッツでもヘッドコーチを務めている。

何より鮮烈だったのは、ダイナボアーズのアシスタントコーチとして2022シーズンのリーグワンで示したコーチングの手腕だ。長くチームの課題だったディフェンスを短期間で劇的に改善し、リーグ戦での失点、失トライいずれもディビジョン2の最少となる数字を残した。堅守を土台とする安定した試合運びが、開幕9連勝の快進撃と入替戦勝利によるディビジョン1昇格の原動力になったのは明らかだった。

さてグレン・ディレーニーはどんな魔法をかけたのか。この7月よりグレッグ・クーパー前ヘッドコーチの後を継いだ48歳の新指揮官は、おだやかな笑顔で答えた。

「これほど早く結果が出たのは、もともとチームにそれだけのポテンシャルがあり、向上する素地があった、ということだと思います。私がやったのは、自分たちが誰を代表してプレーしているのかを理解してもらうことです。メンバー全員で会社の工場を見学し、そこで働く人たちにどんな姿を見せなければならないかを認識してもらいました。これはダイナボアーズを応援してくれるファンに対しても同様です。彼らの代表として、我々は粘り強くハードワークし、一瞬一瞬のバトルに勝たなければならない。自分たちが何に集中すべきか明確になったことで、成果がゲームに現れたのだと思います」

ニュージーランドの高校を卒業後、19歳で来日し、トーヨコで社員として働きながら3年半プレーした。リーグ戦で対戦した三菱重工相模原には、当時現役だった石井晃・現GMや松永武仁・現チームディレクターもいたという。その頃から日本に強い愛着があり、いつか日本に戻ってコーチングしたいと思いを抱いていたことが、昨シーズンのコーチ就任につながった。ちなみに日本語は相当なレベルで、今回のインタビューも3分の1ほどは通訳を介さない会話だ。

「GMの石井さんがディフェンスの分野をサポートできるコーチを探していて、ダイナボアーズとパートナーシップを結んでいるハイランダーズを通して私にオファーが来ました。石井さんと話をし、彼がここで何を成し遂げたいのか説明するのを聞いて、全力でサポートしようと決断しました。このタイミングでふたたび日本に来ることができて、とてもうれしかった」

ダイナボアーズに加わって感じたのは、誠実でハードワークのできるタフな選手がそろっている、ということだった。メンバーはみな意欲に満ちており、伝えることを貪欲に吸収して、フィールドで遂行できる能力があった。

「毎日グラウンドに来るのがすごく楽しかった。私の予想以上のことを選手たちがやってくれた結果が、あれだけの成績につながったのだと思います」

もっとも、昨季のいい思い出を引きずるつもりはない。大切なのは向上し続け、よりよいチームになっていくことだ。そのために選手たちが日々成長し、常に前の日より少しでもいいプレーヤーになることを、コーチとして意識しているという。

「昨シーズンにしてもポテンシャルのすべてを発揮できたわけではありません。まだまだ成長する余地があるというのは、非常にポジティブなことです。我々はまちがいなくもっと向上できる。毎日改善することが大事ですし、去年をベースにどんどんレベルアップしていくことが、今シーズンの目標です」

アシスタントからヘッドコーチに立場が変わって意識しているのは、現場の最高責任者として他のスタッフが100パーセントの仕事をできるよう環境を整備することだ。これまでもさまざまな国のクラブでヘッドコーチを務めており、チームをいい方向へと進めていくために果たすべき役割は熟知している。なおディフェンスについては、今季も引き続きディレーニーヘッドコーチ自身が指導にあたる。

思い描くスタイルは、昨季作り上げたディフェンスをさらに強固にしつつ、アタックでもアグレッシブにプレッシャーをかけていくラグビー。攻守の要だったCTBマイケル・リトルの抜けた穴は大きいが、個の力に依存するのではなく、複数のプレーヤーで連動しながら、組織として戦うチームを目指していくと語る。

「選手たちもディフェンスにプライドを持っているので、そこは引き続き取り組んでいきます。その上で、どのエリアからでも仕掛け、スコアできるチームにしたい。ハイスピード、ハイテンポでどこからでも攻めるチームだと誰からも認められるようになったらうれしいですね。マイキー(リトル)は彼にしかできないものをたくさん持っている選手で、いなくなったのはもちろん大きい。しかしそのぶん新しいメンバーが成長するチャンスです。アタックコーチの黒須さん(夏樹)がどんなアタックを作り上げるか楽しみです」

チームは5月末の最終戦からひと月半ほどのオフを挟んで、7月中旬に新シーズンのトレーニングを開始した。他チームに比べかなり早い始動だが、ここにもディレーニーヘッドコーチの意志がこめられている。

「プレシーズンは大きく2つのブロックに分けて考えています。最初のブロックの目的は、昨シーズンの戦いを通して痛んだ体のコンディションを回復し、より強い体を作り上げることです。我々はディビジョン1に昇格したばかりのチームです。早く始動することによって、選手たちは自分の体をいち早く回復させなければならないと気づきます。もし遅く始動していたら、回復させるのに時間がかかって準備が遅れてしまうかもしれません。すべては理由があるからやっていることであり、昇格1年目の今季はこの時間が必要だったのです。このブロックの後半では、昨季出場機会が少なかった選手にプレータイムを与えるため、練習試合も組む予定です。そして10月からの後半のブロックで、シーズンに向けた本格的な準備に入っていきます」

最高峰カテゴリーのディビジョン1での戦いは、ダイナボアーズにとってこれまで以上にタフで厳しいものになるだろう。日本を代表するトップ選手や世界的名手がずらり並ぶ相手と、約6か月にわたってほぼ毎週激突する過酷なリーグだ。一方でディレーニーヘッドコーチは、こう意気込みを口にする。

「大きなステップアップであり、困難なチャレンジになるでしょう。しかし我々はディビジョン1のチームに2回勝利し、そこで戦う権利をつかみとったチームです。ただそこに存在するだけでなく、プレーを通じてリーグにプラスをもたらすチームであると示さなければなりません。自分たちはここにいるべきだということを、証明したい」

2018年にダイナボアーズが12シーズンぶりにトップリーグへ返り咲いた時、多くのファンが歓喜に沸いた。いま、その時以上に多くの人々が、ディビジョン1での戦いを心待ちにしていることだろう。そうしたサポーターの生み出す熱気が、チームにとって計り知れない推進力になるとディレーニーヘッドコーチはいう。

「相模原には日本屈指のファンベースがあります。そしてファンのみなさんの熱烈な応援が、我々に絶大な力を与えてくれます。ぜひホストゲームではスタジアムを緑色に染め上げて、どんな相手も倒せる自分たちの城のような雰囲気を作り出してください。我々はみなさんを代表するチームとして戦います。見ていてそれを感じてもらえるようなプレーをしなければならないし、ファンがいるからこそこれだけのプレーができるということを示したい。それによってファンのみなさんにもパワーを感じてほしい。そうなれば、これほどうれしいことはありません」

プレーヤーとファンが一体となることで、想像もできないほどのエネルギーが生まれる。その時、スタジアムにどんな熱狂が巻き起こるのか。新生ダイナボアーズのキックオフが楽しみだ。

Published: 2022.08.08
(取材・文:直江光信)