#017 安井 慎太郎『静かなる決意。』

先頭に立って仲間を統率するリーダーというより、黙々と役割をまっとうする姿が似合う職人肌のプレーヤーである。年齢的にも30の節目を越え、いよいよベテランと呼ばれる世代になった。20年近くラグビーを続けてきた中で、キャプテンを務めるのはこれが初めて。だからこの春、佐藤喬輔監督から2017-2018シーズンのダイナボアーズのスキッパーに指名された安井慎太郎は、驚きを隠せなかった。

「納会の日の朝、監督に呼ばれたんです。来季もがんばりますと話をしたばかりで、『まさか戦力外通告じゃないよな…』と思いながら行ってみたら、正反対でした(笑)。何年か前にリーダーはやっていましたが、少しずつエンタメ部門のリーダー的な立場になってきて、そういう役職に就くことはもうないと思っていたので…。正直、びっくりしました」

並外れた能力で状況を一変させるようなタイプではない。ここという場面に顔を出し、ひたむきに体を張って、攻守の流れをなめらかにつなぐ。いない時にこそ存在の大きさがわかる。そんな選手だ。そして佐藤監督が重責を託した理由も、そうした部分にあった。

「チームに僕が存在する意味を、この何年かで考えるようになりました。今のウチは外国人選手やプロ選手が多くなって、強い選手、大きい選手がたくさんいる。その中でどうやってポジションを獲得するかと考えた時、自分は強さや速さという点で突出した何かを持っているわけではない。チームが必要とするものをいち早く見つけて、そこにアプローチすることを常に意識してプレーしてきました。監督からも『昨シーズンを戦っている時のお前をそのまま出して、チームを導いてほしい』と言われて。そういう部分を評価してもらってるんだな、と」

ちなみに今シーズンは、昨年移籍加入しまたたく間に主軸となったトーマス優デーリックデニイと共同でキャプテンを務める。リーダーの役割を分担しつつお互いの持ち味を引き出し合うこのスタイルは、海外ではよく用いられる手法で、日本でもサンウルブズが採用したことで広く知られるようになった。入社11年目の新主将は、今回の新体制を歓迎する。

「以前リーダーをやっていた頃を振り返ると、あまりいい結果を出せなかったんです。おそらくそれは、何かしなきゃいけないと責任を感じて、プレーが小さくなったりしたところがあったからだと思う。デーリックと助け合いながら、お互いのいいところを出していきたいですね」

ダイナボアーズに加入したのは、チームが唯一トップリーグを戦った2007年シーズン。気がつけばあれから10年が過ぎた。いい時代もどん底の時代も経験してきた熟練のミッドフィールダーは、その間のチームの変遷をこう振り返る。

「僕が入社した時は社員選手が多くて、その中にキープレーヤーとなる外国人選手が何人かいるという状況でした。今はプロ選手が増えて、逆に社員選手が少ないくらいになってきている。毎年、確実にレベルアップはしていると思いますが、あと一歩で上に行けていないというのもまた事実としてあります。何がその一歩を妨げているのか、そこを突き詰めていかなければならない」

佐藤監督が就任した一昨年はチームの土台作りから着手し、2年目の昨季は安江祥光やロドニー・デイヴィスら実力者が多数加わったこともあって、より理想的なラグビーを実現できるようになった。2015年度との比較で、トップイースト9試合の平均得点が44.5から52に増加し、同失点は14から9点弱へと減ったことからも、進歩は明らかだ。一方で、すべてをかけた決戦を勝ち切るためには、まだ足りない部分があったのも確かだった。

「あらためて試合を振り返ってみると、やっぱりミスが多い。あと一歩我慢して次につなげばトライ、という場面でミスが出てしまう。我慢するところと、思い切って勝負するところの見極めができるチームにならなければ、本物のハイレベルの試合には勝てない。本当にわずかな差なんですが、そこを追求していかないと、トップリーグの壁は越えられないと感じています」

一方で個人的には13番のレギュラーに定着し、最終戦の豊田自動織機との入替戦以外すべての試合に出場するなど、充実したシーズンを送った。これまではケガに泣かされる年も多かっただけに、一年を通してコンスタントに力を発揮できたことは、大きな自信になるだろう。ラグビー選手がピークを迎えるのは27歳ごろと言われる中、30歳を越えてもパフォーマンスを維持できる理由を、本人はこう語る。

「マーティン(ヒューメ)をはじめS&Cコーチの方々が、トレーニング量を細かく管理してくださったおかげだと思います。元々僕はスピードや強さで勝負する選手ではないので、体力的な落ち幅はさほど大きくない(笑)。ラグビーの経験が増えて、ここではどういうことをすべきかといったことを考えられるようになったぶん、逆にプラスになっているのかな、と。安藤(栄次)コーチから色々とアドバイスしていただいたことも大きい。いろんな人から教わったことを吸収して実行するのは、すごく大事だなと思います。あとは、新婚だった(去年の5月に入籍)というのもあるかもしれませんね(笑)」

チームは1か月あまりのオフを挟んで3月上旬に活動を再開し、4月3日のファーストミーティングで本格的に新シーズンのスタートを切った。キャプテンとしての使命は、言うまでもなくトップリーグ昇格を果たすこと。そのためには、日々の練習でどこまで厳しく突き詰められるかが重要になる。最高の笑顔でシーズンを終えるための戦いは、すでに始まっている。

「大一番では、たったひとつのプレーが勝敗に関わってくる。練習からそのイメージを持って、厳しく指摘し合えるチーム作りをしていきます」

そういう意味では、昨季のトップイースト、トップウェスト、トップキュウシュウの上位8チームで構成される「トップチャレンジリーグ」が新設されたことは、ダイナボアーズにとって願ってもない変化と言えるだろう。最初から最後まで気の抜けない戦いが続く過酷なリーグは、裏を返せばこれまでの壁を破るための絶好の環境ともとらえられる。

「もちろん強いチームがたくさんいて大変なシーズンになりますが、自分たちがレベルアップする上では必要なリーグだと思います。不安はまったくありません。楽しみです」

先日、いつも応援に駆けつけてくれる職場の上司にトップチャレンジリーグの話をしたら、「全国を回ることになるのか。それなら今から貯金しとかなきゃいけないな」とうれしい言葉が返ってきた。温かくチームを見守り続けてくれる多くのサポーターや関係者の方々に、今年こそいい結果を届ける。あらゆる妥協を排し、追求の日々を過ごす覚悟はできている。

Published: 2017.05.15
(取材・文:直江光信)