#063 小泉怜史『申し子、来たる。』

申し子。もともとは「神仏への祈願によって授かった子」の意。転じて、特定の環境や時代的背景を象徴する人物を表す言葉としても用いられるようになった。

2023年春。まさにその形容がぴったりの若者が、ダイナボアーズのメンバーリストに加わった。WTB/FBの小泉怜史である。

神奈川県は相模原市に生まれ、4歳の時に相模原ラグビースクールでラグビーを始めた。連れて行った父は、早稲田大学ラグビー部で石井晃・現GMや相良南海夫・元監督の3学年先輩という間柄。そんな環境で育った少年が、物心つく頃に「早稲田で活躍して三菱重工相模原へ」という夢を抱くのは、ごく自然な流れだった。

「今は小さい頃に描いていた夢の通りになった、という感じです。だから進路はまったく迷いませんでした。ずっと松永さん(武仁/チームディレクター)や石井さんに『行きたいのでお願いします』といっていましたし、他のチームから声がかかったとしても、ダイナボアーズに行くつもりでした」

早稲田への進学を見据え入学した早稲田実業では2年時に17歳以下の日本代表に選ばれ、国際大会でキャプテンも務めた。3年時には東京都予選決勝で國學院久我山を破り、チームを82年ぶりの花園に導いている。大学でも下級生時から出場機会をつかみ、4年時は大学選手権決勝の舞台に立った。

堂々たる実績を携え、その決勝から3週後の2月上旬に念願叶ってダイナボアーズに合流。しばらくは抱えていたケガのリハビリを余儀なくされたが、3月から本格的に練習に参加し、4月14日の第15節東芝ブレイブルーパス東京戦で晴れてリーグワン初出場を果たした。ちなみに小西泰聖(浦安D-Rocks)や槇瑛人(静岡ブルーレヴズ)、吉村紘(NECグリーンロケッツ東葛)ら早稲田の同期がアーリーエントリーでひと足先にデビューを飾っていたことについては、「意識しましたね、やっぱり」と笑う。

実際に国内最高峰リーグの公式戦ピッチに立って感じたのは、それまでとは段違いのプレーの厳しさだ。

「コンタクトの強度とスピード感が全然違いました。これまでラグビーをやってきた中でもカテゴリーが上がるごとに経験してきたことですが、そのレベルの上がり方が尋常じゃなかった。特に東芝戦は、久々のゲームということもありましたが開始10分くらいで酸欠になったような感じで、前半が終わった瞬間に気を抜いたら倒れそうなくらいでした。この強度でやっていかなきゃいけないのか、と」 それでも続く16節、さらにはその後の入替戦まで4試合連続で先発に起用されたのは、わずかな期間で首脳陣の信頼を勝ち取った証だろう。本人も「通用するな、という感覚はありました」と手応えを振り返る。

「左足のキックとラン、ハイボールキャッチの3つは、自信を持ってできるなと感じました。逆に改善しなければいけないのはタックル。特に東芝のセタ・タマニバルとリコー(ブラックラムズ東京)のアイザック・ルーカスは、それまでなら入れていた間合いでいったのに入らせてもらえなかった。ここは、リーグワン仕様に変えていかなければならない部分です。そういう経験を含めて、最初のシーズンで4試合出られたのは、すごく大きな収穫だったと思います」

チームはディビジョン1残留を決めた5月14日の入替戦の翌日に納会を行い、しばしのオフ期間に入った。もっとも社員選手である小泉は、その次の日から通常の社業に戻っての生活が始まる。入社1年目のため実習や研修などが立て続けに組まれ、8時から17時までの勤務に慣れていないこともあって「なかなか大変でした」と苦笑する。

その後、6月中旬から自主練習がスタートし、7月からは一部のメンバーを除きチームでの全体練習が始まった。内容は炎天下ということもあってウエートトレーニングやフィットネスなどの体づくりとベーシックスキルのドリルが中心で、週が進むに連れて徐々にギアが上がってきたという。ラグビーと仕事を両立する日々はもちろん楽であるはずもないが、インタビューの当日、「今日は一日練習の日なのですが、仕事が残っているので午後のトレーニングが終わったら少し職場に戻ります」と語る表情には、初々しさとともに充実の色が浮かぶ。

「リーグワンの理念にも掲げられているように、チームと地域の連携は日本ラグビーが発展していくための欠かせないテーマだ。その点で相模原生まれの小泉が、出身地のトップチームであるダイナボアーズの一員となった意義は大きい。地元のラグビースクールで幼少期を過ごし、トッププレーヤーとして帰ってきた選手の存在は、まちがいなく地域を活気づける力になる。チームのみならず日本ラグビー全体にとっても、貴重なモデルケースとなるだろう。

「どんどんそういう選手が増えていくべきだと思いますし、そのためにもたくさん試合に出て、多くの人に見てもらうことが、自分の役割なのかなと勝手に思っています。また、僕がダイナボアーズにやってもらってきたことを、今度は僕が子どもたちに還元する番だとも思っていて、ラグビースクールにはよく顔を出すようにしています。『こういう選手もいるんだ』というひとつの目標になれればいいな、と」

ダイナボアーズはディビジョン1昇格初年度の昨季、序盤の5試合で3勝1敗1分けとあざやかなスタートダッシュを決めてリーグに旋風を巻き起こした。その経験を経て迎える来季は、さまざまな面でチームとしての真価を問われるシーズンとなる。

「昨シーズンは最初の5試合はいい準備ができて勝てましたが、そこから他のチームとの経験の差が出てしまった。それでもディビジョン1の強度や試合感覚を学べたことは大きいと思いますし、2年目の来季は、それを踏まえた上で戦える。絶対に前年度より上にいかなければ、とみんな思っています」

当然ながら大学卒業直後の2か月で4試合に出場した小泉にかかる期待は大きい。本人にも、昨季以上に戦力としてチームに貢献しなければという自覚はある。

「レギュラーに定着して、半分以上の試合に出ることを目標にしています。ポジションはバックスリーですが、ここしかできないというのではなく、与えられた位置でコミットできるのが自分の強み。やれる手応えは、あります」

「小さい頃から憧れていた地元チームのジャージーに袖を通し、地域のサポーターの期待を背負ってプレーする。アスリートとして最上の栄誉のひとつだろう。そんな夢を叶えた相模原の星が、さらにスタジアムを熱狂させるべく新たなシーズンに挑む。

Published: 2023.08.11
(取材・文:直江光信)