#047 井口 剛志『突き詰める。』
まだ全然足りていなかった。でも、まだまだ強くなれる。
加入2年目の2019シーズンよりダイナボアーズのバイスキャプテンに就任した井口剛志は、思うような結果を残せなかった昨夏のトップリーグカップ2019での戦いを振り返り、そう感想を口にした。口調は柔らかいものの、鋭い視線と引き締まった表情に、固い決意がにじむ。
自身は2018年12月の入替戦後に、痛めていた肩を手術。その後は長い期間をリハビリに費やし、カップ戦はすべてピッチの外から仲間たちのプレーを見守った。チームが苦しむ中、みずからのパフォーマンスで貢献できなかったことは歯痒かったが、一歩引いたところから現実を見ることで、自分たちがいま置かれている状況を、あらためてはっきりと認識できたのも確かだった。
「一番の敗因は、ストラクチャー通りに戦えなかったこと。ストラクチャーが大事だとわかっていながら、“多少そこから外れても勝てるだろう”という緩さがありました。準備はきちんとできていたし、カップ戦を甘く見ていたわけではないけど、戦術を信じきれていなかった」
12季ぶりにトップリーグに昇格したダイナボアーズにとって、レギュラーシーズンに先駆けて行われるカップ戦は、貴重なチャレンジの機会であるとともに、トップリーグ2020に向け自信をつかむ絶好のチャンスでもあった。しかし結果的には、最大のターゲットに掲げていたトヨタ自動車との初戦が相手の出場辞退で中止となり、その後は4連敗。不完全燃焼のまま終わってしまった感は否めない。
一方で、現状の厳しさをあの時期に実感できたことは、チームにとって大きな意味があった。真価を問われるトップリーグ本番の開幕は半年後。味わった悔しさを糧に鍛錬を重ねる時間は、十分に残されていたからだ。
「危機感はあります。でも、下を向いてばかりはいられないし、本番前にトップリーグの厳しさを肌で感じられたのは大きい。まだ変えられるし、十分間に合う。それだけのベースはできているという手応えもあります」
バイスキャプテン就任の打診を受けたのは、カップ戦が終わりオフに入る直前のタイミングだった。チームにいま何が必要かということは明確に把握できていたし、肩書きとは無関係にそうした存在にならなければという自覚もあったから、返事をするまでに時間はかからなかった。自身が担う役割を、本人はこう説明する。
「2018年は自分が持っている知識や経験をプットアウトすることを意識していました。今シーズンはみんなしゃべるようになってきたので、出てきた意見やアイデアをまとめて、コーチ陣につなぐような立場になると思っています。クーパーさん(グレッグ・クーパーヘッドコーチ)から選手へ発せられるメッセージも同じですが、僕が間に入ることで、あやふやで終わらせるのではなくすべてをクリアにしていきたい」
スタッフや試合に出場できないメンバーも含めて、チーム全員が同じ情熱を持って同じ方向に進む。どれほど強大な相手に対しても、本気で勝ちに行く。その姿勢こそが、現在のダイナボアーズに求められているものだといいきる。
「やっぱりこの部分がすごく大きいと思います。トップ4のチームにだって勝てないことはない。ただ、そのためには死ぬ気でやらないといけない」
それを明快に証明したのが、昨秋のワールドカップで快進撃を見せ、空前のラグビーフィーバーを巻き起こした日本代表だった。『ONE TEAM』の旗印のもとでチーム一丸となり、一日もムダにすることなく必要な準備を重ねれば、あれだけの偉業を成し遂げられる。その足跡は、ダイナボアーズにとってこれ以上ない道標となる。
「いまはどのチームもしっかりとしたストラクチャーを持っている。どこで差が出るかといえば細かい部分、ディテールです。たとえば日本代表は全員がどんな時もハンズキャッチするから最後までパスオプションがあるし、キャリーする際も必ずパスダミーを入れる。だから相手ディフェンスが的を絞れなくなって、1対1で勝負できる。それを毎フェーズ、徹底できているのがすごいですよね。僕らもそこを突き詰めていかないといけない。必ず、突き詰めます」
2019年のワールドカップにおける日本代表は、ラグビーという競技がこれほど多くの人々の心を動かす力を持っていることを証明してくれた。極限のプレッシャーの中で献身的に体を張る選手たちの姿は、それまでラグビーを知らなかった人のハートまでわしづかみにした。そして、そうしたサポーターの存在がいかに選手を奮い立たせ、勇気づけるかということも、あらためて示した。
もとよりダイナボアーズには、下部リーグ時代から「国内屈指」と評されてきた熱狂的なファンベースがある。さらに横浜国際総合競技場が決勝や日本対スコットランド戦をはじめとするビッグゲームの舞台となったことにより、神奈川県全体でもラグビーに対する関心が急激に高まっている。こうした雰囲気は、チームを後押しする大きな推進力となるはずだ。
「三菱のファンはすごくエネルギーがある。あの熱気あふれる応援に対して、僕たち選手は試合に勝つことでお返しをしたい。それは僕だけじゃなく、チームの全員が思っていることです」
ワールドカップでの日本代表の奮闘を目の当たりにし、「この人たちとトップリーグでやるんかと思ったら、興奮して寝られなかった」と笑う。ラグビー界を包む空気が劇的に変わった中で開幕した今季のトップリーグは、間違いなく過去最高といえる盛り上がりを見せている。プレーヤーにとって、これ以上燃える状況はない。
「だからこそ、そこで倒したいですよね、トップ4のチームを。ましていまの三菱には日本代表選手がいないので。飛び抜けた選手はいなくても、地道にやることでここまでできるんや、ということを示したい。これだけ注目される中でそうしたメッセージを発信できれば、チームが大きく飛躍するチャンスになる」
開幕から4節までは健闘するもののあと一歩で勝利に届かないという惜しい試合が続いたダイナボアーズだが、ホームの相模原ギオンスタジアムで行われた第5節NEC戦で、待望のトップリーグ初勝利を手にした(21-14)。しかしその後、新型コロナウイルスの影響や他チームの不祥事を受け、3月に予定されていたトップリーグの試合はすべて休止に。日本全体が重苦しい空気に覆われる中、多くのファンと同じように選手たちもリーグ戦の再開を待ち望んでいるはずだ。一刻も早く平穏な日常が戻り、スタジアムであの熱狂を、そしてふたたび勝利の喜びを味わう時が帰ってくることを願いたい。
Published: 2020.03.18
(取材・文:直江光信)
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