#032 ウェブ 将武『胸躍る。』

いまやラグビーは芝の上のコーチング以外を担当するエキスパートの存在が勝敗に大きく影響をおよぼす時代だ。練習や試合のたびに専門のスタッフが様々な角度からプレーを解析し、有用な情報を選別して、コーチや選手へフィードバックする。ディスプレイを凝視するアナリストの眼力と感覚は、チームのパフォーマンスを左右する重要なファクターのひとつとなっている。

そんな大切なポストに、この春から頼もしい人材が加わった。ウェブ将武。日本国籍取得前の名前ならショーン・ウェブ。ニュージーランドの強豪カンタベリー州出身、スーパーラグビーのクルセイダーズや神戸製鋼、ワールド、コカ・コーラ、そしてNECと数々のトップチームで安定感抜群のゲームメイカーとして名を馳せ、2011年には日本代表のジャージーをまとって母国で開催されたラグビーワールドカップにも出場した。現役時代に定評のあった幅広い視野と冷静な判断力は、ダイナボアーズに貴重なプラスアルファをもたらしてくれるはずだ。

2016年3月に現役を引退した後、妻とともに「長年の夢だった」という世界中を巡る旅に出た。転機となったのはパリに滞在した際、NEC時代に指導者と選手としてともに戦った間柄で、当時スタッド・フランセのヘッドコーチ(HC)を務めていた、グレッグ・クーパーに会ったことだった。

「その時、将来的にコーチングの道に進みたいと考えているという話をしました。そして旅行から日本に戻ってきた後、クープス(クーパーHC)から連絡があり、『また日本でコーチをする可能性がある。そうなったら君にもチャンスがあるかもしれない』と言われたのです」

突然目の前に現れた未来の扉。その後、正式にダイナボアーズからオファーを受けた時の心境を、「すごく興奮しました」と振り返る。

「クープスは経験も知識も豊富で、世界中で数々の実績を残してきたトップコーチです。彼やホフティ(カール・ホフトアシスタントコーチ)といった優秀なスタッフとともに、ミツビシをトップリーグに昇格させるという目標に向かって仕事をできるのは、すばらしいチャレンジ。すぐに決断しました」

アナリストとしての主な役割は、VTRをもとに相手のアタックシステムを分析し、クーパーHCをはじめとするコーチ陣とコミュニケーションをとりながら、ディフェンス面の向上につなげていくことだ。またアシスタントとしてディフェンスのコーチングもサポートしている。初めて経験する仕事に「毎日たくさんのことを学んでいますし、これからもっともっと勉強しなければなりません」と謙虚な姿勢を崩さないが、その表情からは、今の充実ぶりがうかがえる。

「非常にエキサイティングな仕事ですし、これまでの自分になかった様々なスキルを学ぶことは、とてもやりがいがあります。プレーヤーの時はコーチに言われたことを一生懸命やればよかったけれど、今は様々なことに目を配り、考えなければならない。おかげでプレーヤーでは気づかなかったことにも、気づくようになりました」

長らく日本でプレーし、日本ラグビーやトップリーグのことは熟知している。現在のダイナボアーズの在籍選手の中にも、かつてチームメイトとして、あるいは対戦相手として戦った選手が少なくない。そうした人物がスタッフとして在籍していることは、現役プレーヤーたちにとっても小さくない意味があるだろう。

「ヤスエ(安江祥光)、デーリック(トーマス優)、ノリヤ(小林訓也)、カンゾー(中濱寛造)…。トサ(土佐誠)はNECで、エノ(榎本光祐)はコカ・コーラでチームメイトでしたし、ソン(成昂徳)がいた近鉄に大事な入替戦で負けましたこともあります。彼らがどう感じているかわかりませんが、彼らとコーチ陣の橋渡し役になれれば光栄ですし、私自身は彼らとともにまたラグビーに携われることにワクワクしています。たくさん勉強して、いい仕事をして、選手が結果を出せるようサポートしたい」

「現代ラグビーでは、どのチームも戦い方自体はそう大きくは変わらない。あとは細かいことを、どれだけ精度高くやり続けられるかだと思う。そのために、リーダー陣からそこを言い続けていく」

加わってまだ間もないが、昨季の公式戦を中心にすでに多くのビデオに目を通した。「大きな可能性を秘めたチームであるのはすぐにわかりました」。十分なスキルセットとフィジカルを備え、意欲も十分。活動環境や会社からのバックアップも含め、必ずトップリーグで渡り合えるクラブだと確信している。

では今のダイナボアーズに必要なものは。今年こそ悲願を遂げるために、何をしなければならないのか。ウェブは言う。

「細かい部分を大切にすること。昨シーズンも、ディテールをもう少しきちんとできていれば結果は変わっていたかもしれないと感じました。トップリーグのチームと比べても力の差はほとんどない。違いは、細かいところをしっかりプレーできるかだけ」

そして、「そのためには自信を持つことがすごく大事」と続けた。

「何年も続けて厳しい結果が続くと、選手は自分たちを信じられなくなります。まずは自分自身を信じられるようになることが大事。その点で、コーチングスタッフがガラッと変わったことはいい影響をもたらすでしょう。クープスは世界でもトップレベルの経験があり、心から信頼できる指導者です。ホフティもチーフスで6年間コーチを務めてきた。この2人の存在が、チームに大きな自信をもたらしてくれます。アナリストになったばかりの私がこうすればいいとは言えませんが、このスタッフ陣のもとでチーム作りを進めていけば、これまでの悪いパターンを必ず変えられると確信しています」

優れた指導者の下でチーム作りに携わることは、コーチへの道を歩み始めたばかりの新人アナリストにとっても貴重な時間になるだろう。ここでトップリーグ昇格という大仕事を成し遂げられれば、その経験はかけがえのない財産になる。これほどのチャレンジの機会は、そうは巡ってこない。

相模原で生活し、多くの人々と接するにつれて、地域への愛着も急速に深まりつつある。クライストチャーチ、神戸、福岡、我孫子とあまたのラグビー熱狂地帯に暮らしてきたウェブにとっても、この街の雰囲気は格別のようだ。

「相模原は本当に熱いラグビーファンが多い。チームスタッフとして心から感謝しています。そのサポートに対して我々ができる一番の恩返しは、トップリーグ昇格を勝ち取ること。必ず結果で応えます」

最初からすべてがうまくいくほど簡単な仕事ではあるまい。それでも日々自分を高められる環境に身を置けるのは幸せだ。フレッシュな情熱と活力は、きっとダイナボアーズに新たな勢いをもたらしてくれるだろう。

Published: 2018.06.25
(取材・文:直江光信)