#056 奈良望『今だからこそ。』

ラグビーの数あるポジションの中でも、CTBはとりわけ外国人選手が務めることの多いポジションのひとつだ。ゲインラインの攻防を制圧する頑健なフィジカルはもちろん、味方を生かすパスやキックのスキル、わずかなスペースを切り裂くスピード、さらにはプレッシャーの中で的確にプレーを選択する判断力も求められる。ゲームの趨勢を左右する重要局面で激しいせめぎ合いを繰り広げる役割だからこそ、確かな実力がなければ任せられないポジションなのだろう。

その激戦区において、奈良望は2021シーズンのトップリーグで3試合に出場を果たした。うち2試合は先発で、チームにとって今季最終戦となった神戸製鋼とのプレーオフトーナメント2回戦でも13番を背負ってピッチに立っている。この春で入社3年目の24歳、何より今ではすっかり少数派となった社員選手という点を考慮すれば、十分に胸を張っていい成績だ。

「念願のトップリーグデビューができて(1年目の2020シーズンは出場なし)、個人的に充実した年になりました。最後の神戸製鋼戦はトイメンが日本代表のラファエレティモシー選手で、12番にリチャード・バックマン、10番にはアーロン・クルーデンもいたのですが、そうした世界レベルのプレーヤーと戦う中でもやれると感じることができた。いろいろな経験もできましたし、すごくいいシーズンだったと思います」

2019年に法政大学からダイナボアーズに加入した当初は、トップリーグクラブのあまりのレベルの違いに衝撃を受けた。「練習で外国人選手に簡単に飛ばされてしまって。これはまずいぞ、と」。しかしそこでひるまず、そのスタンダードに追いつくために必死で日々の練習に食らいついた。

なにしろ普段のトレーニングで対峙するのは、あのマイケル・リトルとマット・ヴァエガである。トップリーグでも屈指の実力者が顔をそろえる中で日常的にもまれるのだから、ルーキーにとってはさぞ過酷な毎日だっただろう。一方で、2年近くをそうした環境で過ごしてきたことによって、プレーヤーとしての地金は確実に鍛えられた。

「いつもやっているのがあの2人なので(笑)、どこが相手でもやれる自信はありました。いろいろな経験をしてレベルアップしている実感があったし、準備もしっかりできていた。チャンスをもらえれば、パフォーマンスを発揮できるという手応えがありました」

そんな収穫も多かったシーズンを終えて本人が反省点に挙げるのは、「もっと自分からチャンスをつかみにいかなければいけない」ということだ。外国人選手が出て当たり前と思うのではなく、積極的にアピールして出場機会を勝ち取る。その姿勢がみずからを向上させる原動力となり、ひいてはチームのプラスにもなることを知った。

「CTBは外国人という固定観念がありますが、そこを日本人でカバーできれば、別のポジションに外国人枠を使える。そういう存在になっていかなければならないな、と」

国内有数のラグビーどころである秋田県出身。父・修さんは秋田工業と東芝府中でいずれも日本一に輝いた経験を持つCTBで、叔父の薫さんも秋田工業、秋田市役所で活躍したSOだ。そんな家系に生まれた男児が、楕円球の世界に足を踏み入れるのは、ごく自然な流れだった。

「いつからラグビーボールをさわっていたかの記憶もないくらいで。気づいたらそこにあった、という感じですね」

本格的に始めたのは小学生になった時。兄の後を追って、金足西少年ラグビースクールに入会した。以降、途中でサッカーや陸上競技をかじったこともあったが、基本的にはラグビー一筋。「最初からずっとラグビーは楽しかったし、好きでした」と笑う。

これまた当然という流れで進学した秋田工業では、ラグビー選手としてのベースとなる基礎、基本を徹底的に教わった。史上最多15回の花園優勝を誇る名門の伝統的な反復練習を通じて培ったストレートランと精度の高いハンドリングは、トップリーガーとなった現在も持ち味と自負する最大の強みだ。さらに法政大学時代は本職のCTBの他にSOやFBを経験し、プレーの幅が広がったことも、今につながっているという。

「大学時代はむしろCTB以外で出ることのほうが多かったのですが、キャッチパスやランニングコース、仕掛けの部分は、どのポジションに入っても大事にしていました。SOやFBをやったことでより周りを見るようになったし、余裕を持ってプレーできるようになったと思います」

リトル、ヴァエガはともに相手防御をブレイクするランニング能力が魅力のCTBだ。タイプの異なる奈良がコンビを組むことで、2人を並べた時とは違う相乗効果が引き出される可能性は十分ある。巧みなポジショニングと自在のパスワークから、リトル、ヴァエガが存分に走り回る――。そんなシーンを想像すると、期待はふくらむ。

今季第5節のクボタ戦で初めてトップリーグの公式戦に出場することが決まった時、グレッグ・クーパーヘッドコーチから伝えられたのも、「自分の持ち味を出してほしい」ということだった。

「いつものプレーを見てきた上でのメンバー選考なのだから、いつも通りのプレーをやってほしい、といわれて。それでグッと気持ちが楽になって、リラックスして試合に臨むことができました」

実際にゲームを戦ったことで、トップリーグの1試合で受けるダメージがそれまでの試合とは比べものにならないほど大きいことも、身を持って痛感した。「ケガをしたわけじゃないのに、次の日に体がボロボロで」。そうした経験もまた、さらなる成長を遂げるための貴重な糧となるだろう。

7月16日、2022年1月よりスタートする新リーグ、「ジャパンラグビー リーグワン」の概要が発表された。国内最高峰リーグとして18年シーズンに渡り開催されてきたトップリーグはその役目を終え、日本ラグビーは新しい時代を迎えることとなる。そうした歴史的転換点に現役プレーヤーとして立ち会う心境を、奈良はこう語る。

「競技のステータスを高めるためには、高いレベルのプレーを見せることが一番大事だと思います。ラグビーを知らない人にも注目してもらえるようないいプレーをすることが、僕たち選手の仕事。ダイナボアーズがディビジョン2からのスタートになったのは正直残念ですが、ディビジョン2だからといってやることは変わらない。1年でディビジョン1に上がって、その次のシーズンにはディビジョン1で上位に入る。チーム内でもそう話しています」

社員選手として物流関連の業務をこなしながら、トレーニングで日々体を追い込む。仕事とラグビーの両立はとても簡単ではないけれど、会社員として働く時間は未来への財産となる貴重な経験だ。グラウンドでのパフォーマンス向上にもつながるだろう。そしてチームにとっても、こうした選手の存在はきっと大きい。

「仕事を言い訳にはしたくないですし、プロ選手に負けたくないという気持ちは、当然あります」

まだ初々しさも残る若手なのに、プレースタイルとバックボーンにはどこか郷愁がにじむ。日本ラグビー新時代の幕開け。今だからこそ際立つコントラストが輝きを放つ予感はある。

Published: 2021.08.06
(取材・文:直江光信)