#019 小林 訓也『すり切れるまで。』

戦力として大きな補強であるのは言うまでもない。むしろそれ以上に期待されているのは、グラウンドの内外両面で様々な影響と刺激をチームにもたらすことだろう。ラグビーに向き合う姿勢。プロフェッショナルプレーヤーとしての高い意識。厳しさと貪欲さ。この夏で33歳、過去10年間トップリーグで峻厳なる勝負の世界を生きてきた小林訓也がチームに加入した価値は、果てしなく大きい。

新潟県の巻高校から日体大を経て入社したヤマハ発動機では、突然の強化縮小にクラブが揺れる激動を味わった。2010年に当時トップリーグに昇格したばかりのNTTコミュニケーションズへ移籍すると、一足飛びで階段を駆け上がるようなチームの躍進を主軸として体験する。頑健に、なお柔らかくボールへ働きかける球際の強さから、「国内有数のオープンサイドFL」の評価は今もゆるがない。

トップリーグの公式戦出場数は実に96。大台を目前にしたこのタイミングで、なぜ下部リーグへの移籍を決断したのか。その理由を、小林本人はこう明かす。

「まずはプロ選手として、なかなか試合に出られなくなったというのがひとつの理由です(昨季は6試合出場)。まだ体が動く中で、自分を必要としてくれるチームがあるなら、ラグビーをやりたいという気持ちがありました。もうひとつは、新しい刺激がほしかった。ちょうど社会人10年目を終えてひとつの区切りだと考えた時、新たな環境に身を置くのはいいチャレンジだな、と」

現役引退後は教員になって指導者の道に進むことを決めている。そのままNTTコムで選手生活をまっとうし、教員になるという選択肢もあっただろう。続けるか、それとも新たな環境に身を投じるか。決断を後押ししてくれたのは、自分と同じようにプロとしてラグビーを生業とする先輩の言葉だった。

「プロでやっている以上、どのタイミングで選手生活を終えるかということは常に考えています。正直、去年の段階で教員のことも少し考えました。そんな時、NTTコムのFWコーチの大久保直弥さん(元日本代表FL)に相談したら、『サビツクヨリスリキレロ』とメールをくれて。確かにそうだな、このまま錆びつくくらいなら、新しいチームですり切れるまでやってみよう、と思ったんです」

エージェントもつけず、みずから伝手をたどって始めた移籍先探し。ダイナボアーズとの縁をつないでくれたのは、同い年で以前から親交のあった安江祥光だった。「話をしたら、トントン拍子に進んで。たぶん彼がよく言ってくれたんだと思います」。移籍が決まると、3月中旬には相模原へ居を移し、ダイナボアーズの一員としてトレーニングを始めた。当初の印象は「クラブハウスはコムの3倍くらいあるし、ウエートトレーニング場も機材がそろっていて使いやすい。環境はトップリーグクラブと比べても言うことなし」。一方でチームの中で過ごす時間が増えるにつれ、細部にひそむ課題も少しずつ見えてきた。

「しんどい時にみんなで励まし合うところは、いいチーム文化だなと感じました。ただ仲がよすぎるが故に、腹を割って話せないこともあるのかな、と。あとは、一人ひとりの自覚かもしれませんが、もっとハングリーさを出して物事に取り組まなければならない。1年なんてあっという間だし、毎年チャンスがあるわけじゃないですから。この1年をしっかり使うという意識が必要だと感じます」

飾り気のない口調から発せられる言葉は、その一つひとつに重みがあり、核心を突く。馴れ合いや妥協を拒絶するこの姿勢こそ小林訓也の真骨頂であり、佐藤喬輔監督らスタッフ陣がもっとも求めている部分かもしれない。

「僕自身、刺激を与えるために来たようなものだと思っています。環境に恵まれているのはいいことですが、現状維持でいいと感じてしまっては意味がない。移籍した当時のNTTコムは今の重工よりチーム状況は悪かったけど、僕のような選手が同時期に何人も移籍加入して、その空気がうまい具合に浸透していった。ここでも、安江やデーリックなどトップリーグをよく知っている僕らから、そういう空気を広げていきたい。重工は設備や環境、歴史といった基礎の部分はすでにできている。あとは選手の気持ちであったり、スタッフの覚悟であったり、そういうところをいかに高めるかだと思います」

社会人11年目で、トップリーグ昇格を目指すチームでプレーするのはこれが初めて。身を削るような死闘を数えきれないほど戦ってきた強者にとっても、今シーズンは大きなチャレンジだ。

「選手寿命だってあと何年もないですし、1年1年勝負していかなきゃいけない。もしかしたらトップリーグの時より緊張するかもしれないですね」

NTTコムの1年目に経験した入替戦を、「人生でもトップ3に入るほど緊張した」と振り返る。「この試合でクラブの将来が決まる、という感覚がありました」。そして、そんな修羅場をくぐり抜けてきたからこそ、トップリーグで戦うことの意味や厳しさもよく理解している。

「昇格するのも地獄ですが、上がってからが本当の地獄だと思いますね。生き残りをかけた戦いを続けるのは本当にキツい。偉そうなことを言えば、昇格するだけではそこで終わっちゃう。トップリーグは甘くないし、そこでしっかり戦っていけるレベルまで持っていかないと、定着はできない」

そのために必要なものは、何なのか。

「チームとして全員が同じ方向を向いてラグビーをすることの大切さは、NTTコムで学んだことです。誰ひとりそっぽを向かず、自分たちのラグビーに集中して向き合い、そのために自分が何をしなければいけないのかを考えたり、足りないところを自分で補ったり、そうした意識の高さが必要になる。今の重工に足りないのも、そういう部分なのかなと感じます。もっと一人ひとりが、本当にTLで戦えるのかをしっかり考えなきゃいけない」

本格的にシーズンが始動して2か月あまりが過ぎ、6月からはいよいよトレーニングマッチも始まった。小林はクボタとの初戦に続いて6月10日のヤマハ発動機戦にも先発で出場し、攻守に渡って質の高いプレーを披露するなど、さっそく大きな存在感を示している。どんな状況にも屈せず、最前線で体を張ってチームを鼓舞する姿は、『昇格請負人』とでも呼びたくなるような風格に満ちている。

「あまり大きなこというのは何ですが、僕自身、そのつもりで来ましたから」

今までのダイナボアーズになかった刺激的なキャラクターは、着実にチームの空気を変えつつある。

Published: 2017.06.23
(取材・文:直江光信)