#036 関本 圭汰『やってやる。』
数年前までは河川敷の土埃舞うグラウンドで週末だけボールを追っていた。本人の言葉を借りれば、草野球ならぬ「草ラグビー」。今、25歳の関本圭汰は、日本のみならず世界のトッププレーヤーがひしめく社会人ラグビーのピッチに立っている。まさにシンデレラストーリーそのもののプレーヤー人生である。
市立船橋高校時代のチームメイトには、2016-2017シーズンのトップリーグで新人賞とベスト15をダブル受賞した現リコーブラックラムズの松橋周平がいた。最上級生となった年はバイスキャプテンとして松橋主将を支え、長く県内トップに君臨する流経大柏高校に新人戦で実に114試合ぶりとなる県大会での黒星をつけている。しかし卒業後は大学や社会人の強豪に進むのではなく、一般企業に就職してクラブチームでラグビーを続ける道を選んだ。
「大学から誘われたりもしたんですけど、当時はそこまでラグビーに対する熱意がなかった。そもそも自分が大学でやれるような選手だとも思わなかったんです」
しかし人生の転機はどこでやってくるかわからない。クラブラグビー生活を謳歌していたある日、小学校時代に所属していたラグビースクールの20歳近く上の先輩で、かつて東芝府中でプレーしていた知人から紹介され、20歳以下7人制日本代表の公募セレクション合宿に参加する機会が巡ってくる。そうそうたる顔ぶれがそろう中、結果は見事に合格。さらに当時男子7人制日本代表を指揮していた瀬川智広監督に可能性を見いだされ、7人制フル代表のキャンプにも召集されるようになった。
「姫野和樹とか田村煕とか、周りはテレビで見ていた人ばかり。今、重工でチームメイトの渡邉夏燦もいました。そんなスターたちの中で、僕だけひとりポツンと浮いていたと思います。それでセレクションに受かっちゃって、えー! って(笑)」
もっとも、初めてプレーするセブンズは楽しかったし、自分の強みが通用するという手応えもあった。その後は東芝青梅で1シーズン、クリーンファイターズで1シーズンを過ごし、2014年から2年間はセブンズ専門のPSIスーパーソニックスに所属。現トヨタ自動車ヴェルブリッツのヘンリー ジェイミーらと切磋琢磨を続け、7人制日本代表としてアジアセブンズシリーズにも出場した。
ダイナボアーズとの縁がつながったのは、2016年の秋。東京都代表として国体に出場した際、チーム関係者に推薦される形で三菱重工相模原のスタッフを紹介され、練習参加の打診を受けた。それでも、この段階でもまだ、ラグビープレーヤーとして勝負することには迷いがあったという。
「正直、ラグビーで食べていこうという気はまったくありませんでした。PSIでは普通にスーツを着て丸の内で1日8時間仕事をしていましたから。(ダイナボアーズから)話をいただいた時も、とりあえず練習に参加してみようか、という感じで。プロ選手としてやるかとなった時は、かなり考えました」
社会人チームでプレーを続けられるのは、ラグビー選手の中でもひと握りのエリートだけだ。ハングリーなチャレンジャーがひしめく厳しい勝負の世界に生きる人間としては、異色のキャラクターと言えるだろう。一方で、昨季は1年目にして終盤戦で出場機会をつかみ、最終戦となったコカ・コーラレッドスパークスとの入替戦にも先発するなど、さっそく実力の片鱗をのぞかせた。
「僕、メチャクチャ不安がりなんです(笑)。やりたいという気持ちより前に、本当にやれるのか、そのレベルに達しているのかと思ってしまう。正直、今もまだ不安はあります。一つひとつの練習や試合で、少しずつ自信を積み上げている感じですね。ただ、みんなと違う独特の経歴だからこそ、今に生きているものはあると思います。セブンズで培ってきたものがあるし、試合をしたら通用する部分はあるかな、と」
その言葉通り、今季は春からWTBのスターターに定着。トップチャレンジリーグの初戦となった9月9日の釜石シーウェイブス戦でも、グラウンド中央で相手防御のギャップを切り裂いた前半6分のトライを皮切りに、チームを勢いづけるビッグランを何度も披露した。SOダニエル・ホーキンス、マイケル・リトルとマット・ヴェエガの両CTBという強力フロントスリーが、ここという場面で迷いなくボールを託すところに、このフィニッシャーに対する信頼はにじんだ。
自他ともに認める持ち味は、1対1の局面で相手を抜く力。瞬間的な加速力に加えバランス感覚に優れ、ステップを切ったりタックラーの手がかかったりしても体の軸がブレない強さを備える。スルスルと懐をすり抜けるような重心の低い走りは、相手にすれば止めにくいだろう。
ダイナボアーズでの2年目のシーズンを迎える心境を聞くと、「去年はもう少し準備の時間がほしかった。今年は早く来い、という感じ」と答えが返ってきた。グレッグ・クーパー新ヘッドコーチが就任して半年、ここまで着実にチームとして前進してきた実感があるからだろう。表情にも言葉にも、ポジティブな空気が漂う。
「プレッシャーはあります。でも今年はのびのびとチャレンジできる雰囲気があるし、俺にボールをくれ、やってやるから、と思える。たぶん、一人ひとりが絶対にやれると思っているからだと思います」
小学校3年生の時、野球をやっている先輩にあこがれて公園でキャッチボールをしていたところ、友だちの父親に誘われなぜかラグビーをはじめることになった。以来、みずからすすんで歩んだわけではないのに、楕円球の道は不思議と伸びていった。その間には様々な人との出会いもあった。普通ではないキャリアを重ねてきたからこそ、胸に抱く思いにも、普通とは違う熱がある。
「トップリーガーになりたい、というのは別にないんです。でも、このチームをトップリーグに上げたいという気持ちは強い。これまでチームを支えてこられた方々の思いを背負って、その人たちのために、何としてもトップリーグに上がりたい。もちろん、自分がこれだけやれると示したい気持ちもあります。草ラグビー時代からお世話になっている人もいるし、大学でラグビーをやっていたら絶対ないくらい、たくさんのおじさんたちと接してきたので(笑)。河川敷でやっていた人間が、こんな舞台でやれるようになりましたよ、と」
小柄な体格を感じさせない野性味あふれるプレーぶりは、ダイナボアーズの新たなXファクターになる予感十分。異色のフィニッシャーが独特のランを見せる場面が増えれば増えるほど、スタジアムは熱くなる。
Published: 2018.10.04
(取材・文:直江光信)
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